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今回の昭和プロレスマガジン誌

 投稿者:須丹半仙  投稿日:2018年 3月 4日(日)20時01分49秒
編集済
  いつも楽しく拝見しています。今回はみなさん、B級レスラー特集に触れておられますので、その内容は圧巻でしたので、わたしはあの流さんの連載記事と昭和プロレス会場探訪について、一言述べたいと思います。竹内宏介氏亡きあと、じっくり読ませる暴露本以外のプロレス本がなかなかあるようでない中、流さんの作品が読めることは至福でした。BBマガジン社のプロレス事件史が完結後、十分な取材と資料に裏付けられた今回のバーネット氏の作品は本当に楽しみです。

また、昭和49年の新春NWAシリーズの会場でもあった、東淀川体育館を取り上げる博士のセンスにも脱帽です。わたしは当時、なぜこのような豪華メンバーが揃った(ドリーやレイス、ブリスコだけでなくマソニックNWA会長も来日していた記憶があります)大阪大会が府立体育館で開催されないのか、不思議でしたが当日は文句なく超満員でした。当日は馬場VSレイスのPWF戦も行われましたが、ほとんどの話題はブリスコVSドリーのフルタイムのNWA戦でした。
このようなビッグマッチでも時々、全日本は小さな会場でするんですよね。翌年のオープン選手権も開幕戦は足立区体育館でしたし・・・。
次はどこの懐かしい会場探索か、楽しみですね。個人的には国際プロレスのS小林とビルワットとのIWA防衛戦が行われた寝屋川市民会館や前年のWマクダニエルとのIWA戦の南紀勝浦の市民会館がどうなっていのか、知りたいですが・・・。
いずれにしても今回のマガジンも大満足でしたよ。24日の集会も楽しみです。
 
 

B級好きのA級ファン

 投稿者:しょうまん  投稿日:2018年 3月 4日(日)09時34分55秒
  こんにちは♪

Jumbo Aokiさんが言われる体型の変化もそうですが、昭和プロレスを支えたトップレスラーの中の一人であるボボ・ブラジル。
全日本で初めて見たファンなら「花束をムシャクシャ食べる、ちょっと変わったレスラー」と映るでしょう。

私達は、日本プロレス時代の“黒い魔神”の頃を知ってますが、もし前述のファンが投票するとしたら、ブラジルをB級と捉えるかも知れません。
そういう意味では、この度のB級レスラーの投票結果は、色んな見方(楽しみ方?)が出来るのではないかと思う次第です。

 

本当に、

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 3月 2日(金)15時11分32秒
  古いフィルムや写真を見ただけでも、30年のダラ・シンと42年のダラ・シンとは、まるで別人であるかのように見えますが、同様に、ブルーザ―のほか、あのビル・ミラーも、日プロに初来日して力道山や馬場と闘ったころと、後年、国プロに来て井上らと闘ったころとは、まるで別人のように、体型などが変わってしまっていましたですね・・。  

B級レスラーの定義

 投稿者:ミック博士メール  投稿日:2018年 3月 2日(金)08時54分47秒
  皆さん盛り上がっていますね。
B級レスラーの定義についてはアンケート時にはあえて(?)書かなかったのですが、
私なりに考えた定義を45号に明記させていただいております。
B級レスラーはトンデモレスラーとは違うんですよね。

ダラ・シンの件は10年という時を経て本人の体力、ショーマンシップの匙加減が
変化して別人のように見えたというような気がします・・・。

http://www.showapuroresu.com/magazine/magazine45.htm

 

>ゴッチの件

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 3月 2日(金)06時27分54秒
  思うのですが、あとは、我々ファンたちが、実際に会場やテレビで見た時代の印象も大きいかもしれませんね・・??
例えば、昭和30年に来た時のダラ・シンを見た人は大抵「A級」と呼んだのでしょうが、昭和42年に来た時のダラ・シンしか見ていなければ、「B級」レスラーと呼ばれたかも知れませんし、あのブルーザーも、初来日時に馬場と闘ったときと、後年、国際プロレスで大木と闘ったときとでは、全く別人のようでしたし・・。
 

ゴッチの件

 投稿者:道路ブレアース  投稿日:2018年 3月 1日(木)19時47分20秒
  カール・ゴッチについては投票した後で「ゴッチとか日本以外では間違いなくB級レスラーだろうなあ」と思い当ったりしていたので、1票入っていたのは膝を打ちました。もっと早く気付いていれば2票でした(笑)。

余談になりますが43号にもあったオープン選手権ゴッチ参戦説、「日本以外ではB級」というゴッチの格を考えると、「レスリング、ジョナサン、マツダ、オコーナー、草津と当たって1勝4分け(誰とどの結果かはご想像に任せますが想像に難くないかと)、馬場もゴッチもまあそんなところだろうと納得しているのに『実力世界一と煽ったゴッチさんがあの星では…』と猪木大弱り」とかなりかねない気がしますね。実現しなかったのがそのせいってことはないでしょうが。
 

>これぞ、A級保存本ですね

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 3月 1日(木)11時28分56秒
  それにつけても、ブルート・バーナードのほか、ゴッチやマーク・ルーインも、B級レスラーに選ばれた方がおられるとは、まさに、「B級」の定義自体が、人により、全くマチマチなのでしょうね・・。  

これぞ、A級保存本ですね

 投稿者:しょうまん  投稿日:2018年 2月28日(水)21時34分27秒
  こんにちは♪
ババアリさんのスカル・マーフィに関するご意見、誠にありがとうございます。

今回の投票に於いて、怪奇派は除くという条件提示が有りませんでしたので、私はそれらも含むのかなという解釈を持ちましたので、下記のコメントを書かせてもらった次第なんです。
こうして、投票結果で感じた意見交換が出来るのは楽しい事ですね♪

170人にも及ぶレスラーを選出する、プロレスファンのB級レスラーへの愛情(?)は、他の格闘技ファンには到底理解出来ない素敵なものだと思います。
 

B級レスラー

 投稿者:ババアリ(笑)  投稿日:2018年 2月28日(水)10時14分17秒
  しょうまんさん
B級レスラー人気投票にスカル・マーフィーが入ってないとの事ですが
恐らくマーフィーは「怪奇レスラー」の部類に属しており、B級レスラーのカテゴリとは
ちょっと違うのが票を集められなかった原因だと思います。
更に言えば、怪奇レスラーにも一流、B級おり、マーフィーは怪奇レスラーとしても
超一流の部類に入ると思います。
 

B級レスラー特集のA級本

 投稿者:しょうまん  投稿日:2018年 2月28日(水)09時28分50秒
  こんにちは♪
手元に届いた、今回の昭和プロレスマガジン誌。
ミック博士を始め、執筆された方々のご苦労を考えれば、一気読みが勿体無い気持ちになります。
ですから、じっくりと文章を噛みしめながら楽しみたいと・・・。

B級レスラー人気投票を見ますと、「そうそう、こういうレスラーいたよね」とか「う~む、誰だったかな?」とか、皆さんの選ばれた基準を想像したりして、多種多様な楽しみ方が出来ます。
ブルート・バーナードは上位なのに、タッグパートナーのスカル・マーフィは一票も入っていない。
やはり、B級レスラーには人間味も感じる部分も大切なのかな?とも思いました。

以前、車中生活を送っていたジプシー・ジョーがテレビに映っていましたが、とても明るくて好感を持てる人物でした。
自分が表紙を飾ったプロレス誌を見て、天国からあの笑顔で喜んでいることでしょう。

流智美氏の新連載も、興味津々です。
全国の書店に置いて欲しい、素晴らしいプロレス本だと改めて思いました。


 

またまた、

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月27日(火)11時26分37秒
編集済
  連続投稿、本当に申し訳ありません!!
ミック博士様、マガジン45号、拝受・拝読いたしました!!
相変わらず、読み応えたっぷりで、まさに、「昭和プロレス・最後の砦」とも呼びたい充実した内容ですね!!!「白星配給係」の最たる一人に挙げられている、あの弱かったターロック・シンの、東南アジアでの、あのダラ・シンとの抗争(?)が、「DEEDARA aka Dara Singh」の中に書かれているようですね・・。

それにつけても、小生が選んだB級レスラーに、同じく投票された方が、もう一人おられたとは、本当にビックリでした!!!
 

両国駅

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月26日(月)13時18分50秒
  二階指定席C様、ありがとうございます。 小生、会社勤めをしていました頃、ずっと両国駅を使っていましたが、百田さんは、あの辺に住んでおられたのですね!!
両国駅の近辺では、力士・親方連中はもとより、ときどき、冬木さんや谷津さんらのプロレスラーや落語家さんなどをお見かけしましたが、スポーツ好きにとっては、本当に最高の町でした・・。 新装なった国技館での新日の試合などは、元力士の某プロレスラーさんが、力士時代に下宿していたという家の方から、よく凄い特等席のチケットを頂いて見に行ったものです・・。

ところで、二階指定席と言えば、昔は、リキパレス等々、二階席の一番前がプロレスを見るには一番見やすくて良い・・などと言われましたが、国技館は広すぎて、二階席は、いささか遠くて見にくかったのですが、観客が少なくて会場が空いているときには、いくつもの席をゆったり使えて、二階席も結構良かったのを思い出します・・。
 

Jumbo Aoki 様

 投稿者:二階指定席C  投稿日:2018年 2月26日(月)10時57分52秒
  百田さんは当時両国駅の傍に何年も住んでおられました。
駅前のパチンコ屋さんを覗けば、仕事の時以外は、必ずと言っても良いほどおられました。
 

二階指定席C様

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月26日(月)06時37分1秒
  レスありがとうございます。

本当に、30年来日時と42年来日時の両方をご覧になられた方は、必ずと言ってよいほど、「全くの別人だ。」とおっしゃいますね・・。

小生も、亡父と一緒に42年の来日時のダラ・シンをテレビで見ていて、馬場には簡単に振り回され、しかも、サーダラ・シンよりスピードでは劣っているように思え、思わず、「なんだ、ダラ・シンって、大したレスラーではないんだね!!」と申しましたところ、亡父は、すぐに、「いやあ、こりゃあ、全くの別人だよ!!」と、呆れたように言い放ったのをハッキリ覚えています・・。

しかし、30年のダラ・シンのその後(?)、42年のダラ・シンの来日前の動き(?)等が、全く不明で、途方に暮れ、これは、レスラーが俳優になって、その12年間で、著しく「劣化」したものとしか思えず、結局、「同一人説」に転向してしまった次第なのです・・。

ところで、百田さんのことは、以前、小生、ときどき、両国駅の近くでお見かけましたが、あのあたりに住んでおられたことがあるのですか・・???
 

ダラ・シン同一人説

 投稿者:二階指定席C  投稿日:2018年 2月25日(日)15時31分8秒
  Jumbo Aoki様

私は以前、百田光雄さんにこの件についてお尋ねしたことがあり、曰く「俺はほとんど全ての選手と会ったことがあるが、全くの別人だよ。見た目も年齢もちがってたでしょ?」との事でした。
 

ダラ・シン

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月25日(日)07時12分27秒
  ミック博士様、皆様、連続投稿、どうか、お許しください!!!
首記に関しましては、弟のRandhawaことサーダラ・シンも亡くなってしまってからは、小生、インド行きの気力も失せてしまい、いわゆる「同一人説」に転向した次第なのですが、実際に、30年と42年に見たという亡父の、「こりゃあ、全くの別人だよ!!」と言った、余りにストレートな一言が、どうしても引っかかっており、いまだに、暇を見つけては、ダラ・シン探しをしている状況です・・。
そんな中、昨年、シンガポール・マレーシア時代のダラ・シンのレスラー時代にスポットを当てたらしい「DEEDARA aka Dara Singh」という本が、ダラ・シンの本名を、Deedar Singh Randhawa (すなわち、スリ・ダラ・シン・ランダーワではなく)であると紹介しているようなのです。 生まれは、1928年のパンジャブとあることから、このダラ・シンに間違いないとは思いますが、やはり、後年、俳優に転向し、著しく衰えて、その実力・容貌が変貌した・・(すなわち、「同一人」)ということなのでしょうね・・。
 

覆面太郎様

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月23日(金)06時22分17秒
編集済
  月100円でも、お小遣いを毎月頂ければよい方です・・。 小生など、月決めでお小遣いをもらえるようになったのは、中学生になってからでした・・。中学生になると、乏しいお小遣いを貯めては、銀座や六本木へ、中古レコードや雑誌を買いに行ったのを、本当に懐かしく思い出します・・。 でも、その分、亡父が大変なプロレスファンで、新聞雑誌等を自分で定期購読したり、買って来てくれるのを、次に読ませてもらうのが、何よりの楽しみで、とても助かりました!!
あと、小生の家は、商店街の中にありましたので、近所の電器屋さんとのお付き合い上からか、早々とテレビが入り、プロレスのある日になると、ご近所の親父さんたちが集まって、みんなで、プロレス放映を楽しんでいたのを、思い出します・・。
 

シャチ横内来たる

 投稿者:覆面太郎  投稿日:2018年 2月21日(水)18時09分12秒
  50年前。小学五年生のお小遣いは月100円。当時のプロボク新本は確か190円。
買いたいけど買えませんでした。

そこで近所の古本屋さん。ここだと三年落ちの古本で70~80円。あの時代は
貧しかったけどそれなりに子供たちは頭を使いましたね(笑)

TBS国際プロレスで「シャチ横内が来る!」と新村アナが絶叫してました。
興奮して眠れなかった思い出。
 

レイ・スティーブンス

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月21日(水)06時30分6秒
編集済
  しょうまん様、
そういえば、小学校高学年の頃など、毎朝、「スポニチ」で、前日の、「力道山の暴れっぷり」と「長嶋さんの打率」とを、よく確認してから、学校へ行くのが、日課になっていました・・。 長嶋さんの打率は、近藤和彦や江藤や森永らと、せっているときになると、ときどき、「毛」の桁(小数点以下4位)まで、新聞に書かれることがあって、やれ、「まだ長嶋が上だね!!」だの、やれ、「違うね!同率だね!!」等々、学校へ行くと友達と喧々諤々したのを思い出します・・。  そう思いますと、当時から、野球ファンは、プロレスファンよりずっと多かったのでしょうね・・??

ところで、レイ・スティーブンスといえば、一流と呼ばれる割に、その良さが、小生には、どうしても分からないレスラーの一人でした・・。 しかし、同じく、個人的には、どうにも、その良さが分からなかったあのウィルバー・スナイダーや、パット・パターソンらと同様、レスラー仲間からも高く評価されていたようですから、ただ外から見ているだけの小生には分からない良さが、きっと、大いにあったのだろう、と思います・・。
 

昭和プロレスマガジンに金メダル!

 投稿者:しょうまん  投稿日:2018年 2月20日(火)15時11分0秒
  こんにちは♪

ジャンプの葛西選手を見ると、現役引退のタイミングというのを考えさせてくれます。
プロレスに於いては、昭和の外人トップレスラー達は、余り衰えたイメージを持たせないまま、日本マット界からフェードアウトをしてくれたと思っています。

Jumbo Aokiさんは、アメリカのプロレス雑誌を買われていたのですね。
私は、書店で初めて見た時「何と薄くて紙質は悪く、カラーは表紙だけで高価だなぁ」と感じました。
インサイドレスリングやレスラーとか、全て同じ様な作りでしたね。
英語も分かりませんし、高価だったので買いませんでした。
改めて、日本の雑誌の素晴らしさを知った思いです。

当時ゴング誌がレスリングレビュー誌と合同で、世界ランキングを毎月発表してましたね。
不思議だったのが、レイ・スチーブンスが常に上位にランクされていた事です。
それと、タイガー・ジェット・シンがヒンズー・ハリケーンという名前で入っていたかと思いますが、記憶違いかも知れません。

Jumbo Aokiさんのプロレスに対しての情熱は、変人という言葉を吹き飛ばすものを感じます☆
 

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