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さらば!人間発電所

 投稿者:ババアリ(笑)  投稿日:2018年 4月20日(金)09時48分8秒
  先程某掲示板で知って飛んできました。

サンマルチノ・・・勿論リアルタイムでは見た事は有りませんが、昔
「Fullすぽーつこれくしょん」で馬場さんとのインター戦を見ました。

良く言われていますが、サンマルチノと言う選手はハッキリ言って器用では無いんですよね。
ベアハッグ、カナディアンバックブリーカー、マシンガンキックこの3点張り。
ただ、馬場さんとは本当に名勝負を残しており、(後モラレスとの夢のタイトルマッチ)
それだけでも超一流といえるでしょう。

ここからは雑誌で知った話です

猪木とサンマルチノはシングルでは当たらずもっぱらタッグでの対戦ばかりですが
実は一度だけ猪木がサンマルチノに勝ってるんですよね。
昭和46年末のシリーズで行われたタッグマッチで(猪木のパートナーは馬場、サンマルチノ
のパートナーは・・・ちょっと失念)確か2本目に猪木がサンマルチノにフォール勝ちしたと有りました。

最後に、デストロイヤー、ブッチャーには長生きして欲しいですね・・・

さらば!人間発電所!

合掌・・・・・
 
 

人間発電所ブルーノ・サンマルチノ追悼

 投稿者:ミック博士メール  投稿日:2018年 4月19日(木)20時05分29秒
  彼のNYでのカリスマ的な人気がわかる試合。11分ごろにブルーノが反撃する際の観客の爆発的なヒートぶりにご注目!
http://www.dailymotion.com/video/x8pbti
 

カーフュー

 投稿者:ザ・ローン・レンジャー  投稿日:2018年 4月19日(木)09時24分22秒
    今日は朝から気が重いですね。
ベルトの有無など関係無い、存在そのものがチャンピオンでした。
子供の頃の夢対決の一つが新日での猪木VSサンマルチノだったのですが…,オファー拒否の理由を知って夢が実現しなかったにも関わらず、子供心にサンマルチノに尊敬の念を抱きました。
75年の来日時にはジャンボにもWWWF挑戦させたかったですね。
お疲れ様でした、ゆっくり休んで下さいね。合掌……。
 

馬場、サンマルチノ

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 4月19日(木)07時28分8秒
  >しょうまん様
早速のレス、誠にありがとうございます!!
小林が全日本に入団していたら、馬場さんは、もしかしますと、自ら、対小林戦を実現させていたかも知れませんし、小林対サンマルチノ戦をはじめ、凄いパワー対決が、日本でもいろいろ見られましたでしょうね!!!

>爺さん様
何と、サンマルチノが亡くなられましたか!!!
個人的には、サンマルチノが待望の初来日を果たし、控室からリングに向って歩いて来るシーンを見ただけで、もうすっかり感動して涙ぐんでしまい、「馬場よりも、むしろ、更に一層チャンピオンらしいなあ・・。」などと感じたのを思い出します・・。 心より、哀悼の意を表したいと思います!!!
 

ブルーノ・サンマルチノ死去

 投稿者:爺さん  投稿日:2018年 4月19日(木)06時25分16秒
  https://www.nikkansports.com/battle/news/201804190000047.html

“人間発電所”ブルーノ・サンマルチノさんが亡くなられました。
サンマルチノさんといえば、ニューヨークの帝王として長年君臨され、
マジソン・スクエア・ガーデンで数々の激闘を演じてこられましたね。
日本では若手時代からジャイアント馬場さんと親友であったことが
つとに有名でした。
サンマルチノ自身はあまり海外遠征したがらなかったらしいですが、
馬場さんが亡くなられた時に東京ドームでのセレモニーに
ザ・デストロイヤーさんと一緒に来てくれたのが印象に残ります。

サンマルチノといえば、スタン・ハンセンのウエスタン・ラリアットに
首を折られたというイメージを持つ方も居られるのでは(これでハンセンがブレークした)……

だんだん昭和のプロレスも遠くなっていくことを思わずにいられない…… 合掌……
 

心もジャイアントなら

 投稿者:しょうまん  投稿日:2018年 4月18日(水)09時57分57秒
  こんにちは♪

ストロング小林は、母親をとても大事にしていたそうですので、その時に母親の言葉を受け入れたのは、自然な流れだったのでしょう。

では、Jumbo Aokiさんの問いに、私なりの考えを書かせて頂きます。
新日本に於いては、猪木戦以外では脚光を浴びることが無かったかと思います。
マイティ井上が危惧していた扱いに近かったかも知れません。

全日本なら、サンマルチノも参戦していましたし、NWAのトップレスラーとの対戦も有ったでしょう。
猪木と戦ったラッシャー木村に対して冷遇をしてなかった様ですし、マイティ井上も居心地は悪くなかったと話していますよね。

ですから、新日本での実績も有るかと思いますが、入団してからの処遇は、人間性とプロレス技術で馬場は判断したのではないかと思います。
 

小林

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 4月18日(水)07時24分54秒
  本当に、小林が、新日でなく、全日へ行っていたら、きっと面白い試合をたくさん見せることができたと思うのですが、問題は、あのプライドの高い馬場さんのこと・・、「猪木に敗れた」小林を、決して「厚遇」はしなかったのではあるまいか・・??という疑問が残ることです・・。

即ち、国際のトップを張り、新日の猪木には敗れた小林を、逆に、自分や鶴田などの、言わば「引き立て役」に使ってしまったのではあるまいか・・??という疑念が残るのです・・。
その意味で、やはり、新日入りして、小林は、結局、正解だったのではないか・・という気がしますが、皆様、いかがなものでしょうか・・???
 

小林の母親勧めが決め手

 投稿者:zokeinin  投稿日:2018年 4月17日(火)20時04分21秒
  何かの書物で読みましたが、小林が国際を脱退直後に全日本と新日本とで小林争奪戦が勃発し、馬場、猪木それぞれと小林が電話で話している所を小林の母親が別の子機で聞いていてたそうです。その際に猪木は礼節保ち「小林さん」と言っていたのに対し、馬場は「なぁ、小林よ」等と上から目線の言い方をした為に小林の母親が「猪木さんの所へ行きなさい」と勧めたそうな。
 

しょうまん様

 投稿者:ケビンヒューズ  投稿日:2018年 4月17日(火)17時58分6秒
編集済
  小林vsマスカラス、小林vsブッチャーとか面白そうですよね(*^^*)日本人だったらvs天龍、もうちょい後になってvs阿修羅原とか NWA挑戦もアリでしょうね!やはり全日本に行った方が色々と夢があって面白かったんじゃないかな!?  

心もストロングだったら?

 投稿者:しょうまん  投稿日:2018年 4月17日(火)15時53分5秒
  こんにちは♪

インタビューを読みますと、ストロング小林が、闘病中の吉原社長を見舞った際、「草津の虚言を鵜呑みにして悪かった」と、病床で吉原社長は小林に謝罪をして、お互いのわだかまりが無くなったそうです。
国際を裏切った男というレッテルを貼られていますが、草津の小林への陰湿な対応は、国際を出て行かざるを得なかった状況だったかも知れません。

Jumbo Aokiさんが仰る様に、全日本に来ていたら面白かったと思います。
全日本には本格的なパワーファイターがいてませんから、トップ外人との対決は熱戦が期待出来たでしょう。

ケビンヒューズさんは、鶴田とのUN戦が良いとのことですね。
もちろん、好試合が期待出来そうですが、ジャンボ鶴田&ストロング小林組のチームも柔と剛のコンビで、全日本で新しい風景が見れたかも?と思います。
 

ケビンヒューズ様

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 4月17日(火)06時22分18秒
  小生は後年知ったのですが、あの猪木に敗れたあと、小林は、サンマルチノにも挑戦して、「超・夢の対決」をアメリカで実現させていたのですね・・。

確かに、小林は、当時の猪木やサンマルチノらと互角に渡り合った実力者だったわけですから、後年のマイティ井上のそのぼやきも、理解できるような気がいたします・・。
 

Jumbo Aoki様

 投稿者:ケビンヒューズ  投稿日:2018年 4月16日(月)18時34分3秒
  もしストロング小林が新日本じゃなく全日本に行ってたら…
ジャンボ鶴田とUN争いあたり面白かったかもしれません(^o^)
後にはジャイアント馬場&ラッシャー木村とファミリー軍団組んだりしてそれもそれで面白いかと(^^)

余談ですがアンチ新日本のマイティ井上曰く「小林は許せない。小林が新日本に行かなければ国際は潰れなかった」とのことです(汗)
 

>どっちが本当?

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 4月16日(月)10時57分47秒
  >しょうまん様

実際、猪木に敗れて米国へ渡った小林が、正体を隠して(?)馬場の試合に乱入するなどもして、新日へ行くべきか或いは馬場の誘いを受けて全日本へ行くべきか・・を、小林自身、相当に迷って悩んだのでしょうが、今になって考えてみますと、確かに、同タイプの坂口が居た新日本よりも、全日本へ行った方が、むしろ、面白い試合をたくさん見せてくれたのかも知れませんね・・???
 

どっちが本当?

 投稿者:しょうまん  投稿日:2018年 4月16日(月)09時22分53秒
  こんにちは♪

先日購入したプロレス誌に「国際プロレスとその時代」という読み物が、40ページ近く掲載されていました。
ストロング小林へのインタビューを元に構成されてましたが、興味を誘ったのは新日本に関するくだりです。

彼は「馬場さんの誘いに乗らなくて、新日本に行って良かった。二人(猪木・新間)に感謝している」と話しています。
所が、前号のGスピリッツに於いては「全日本に行ってたら、また違っていた。良い時も有ったけど、新日本で過ごした日々は最低だった」と答えています。

取材者が違うのも有るかも知れませんが、余りにも対照的なコメントですね。
それにしましても、国際プロレスのレスラーのインタビューは、当時は取材が少なかったのも有って、今知るエピソード満載で面白く感じます。
 

〉藤波置き去り事件

 投稿者:アルゼンチンズマ  投稿日:2018年 4月12日(木)12時33分10秒
  因みにその事件、藤波が長州との「名勝負数え歌」の時期の懐かしの藤波著書「ライバルをつくれ、そして勝て」にも書いてありましたですね~。言葉も通じない?国からホントによく日本に帰れたものですよね。  

藤波辰巳 置去り事件!

 投稿者:野田 レイス  投稿日:2018年 4月11日(水)20時03分21秒
  Jumbo Aoki様

早急の回答 ありがとうございました。
確かに、藤波さんが「タンザニアのマサイ族の部落に、置去りにされた。」と言ってましたので、Jumbo Aokiの回答通りです。
TV撮影・収録が終わり、猪木さんがスタッフと引上げる際、藤波さんを置去りにしたのですね。
猪木曰く「色々な経験をさせる試練を与えた(ニュアンス)」との事。
藤波さん「・・・と言っても、こちらはまだ17歳ですよ!なんとか、戻りましたが。」
(会場 笑い)
しかし、猪木さん 凡人には思いもつかない「試練を与える」のですね。
 

>藤波辰巳 置き去り事件?

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 4月11日(水)06時04分3秒
編集済
  >野田 レイス様

猪木さんが、テレビの特番のようなもので、マサイ族の2m近い屈強の若者の挑戦を受け、これをがっぷりと受け止めて、いとも簡単に勝利したのを見ましたのは、確か、小生が学生のころだったような記憶がありますので、もしこのときの話でしたら、間違いなく、新日設立直後のことで、小生より何歳か若い藤波さんも18歳か19歳にはなっておられたころのことだったのではないかと思います・・。

猪木さんは、見ていたマサイ族の長老が非常に悔しがるのを見てか、「結構強かったですよ。 よくやった。」といって、自分の腕時計か何かを、そのマサイ族戦士にプレゼントしていたような記憶があります。 「なるほど、猪木さんは流石に世界最強を誇るだけのことはあるなあ・・。」と、小生、感服したのを覚えていますので、あれは、間違いなく、新日設立直後のことであったと思います・・。
今にして思えば、猪木さんの後年の「異種格闘技路線」も、この一戦(?)あたりが、ルーツだったのかも知れませんね・・???
 

藤波辰巳 置去り事件?

 投稿者:野田 レイス  投稿日:2018年 4月10日(火)20時14分33秒
  去る、4月8日闘道館で行われた「藤波辰爾×前田日明 トークショー」へ参加しました。
その際、藤波さんが「17歳の時、猪木さんにアフリカに1人 置去りにされた。」と話していました。昭和28年生まれの藤波さんが17歳とすると、昭和45年 まだ猪木は日本プロレス在籍中となります。どのような背景で、アフリカへ行ったのか?
何方か、事の顛末をお知りの方は教えて下さい。
 

(無題)

 投稿者:国際ファン  投稿日:2018年 4月10日(火)01時42分14秒
  国際プロレスで消息が分からないレスラーと言えば、田中忠治さん・大磯武さん・ヤスフジイさんだと思います。今、発売中のGスピリッツではヤスフジイさんを、過去の報道記事とマイティさんの補足で記事にしていますが、御本人が国際プロレスに対して今、どんな思いでいるのかは判りませんでした。何かをきっかけとして、御本人の現在の肉声を知りたいと、強く思います。  

信仰・宗教

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 4月 6日(金)06時51分57秒
編集済
  「訃報」は、「信仰」・「宗教」の問題がからむだけに、本当に厄介ですね・・。

「キリスト教徒に対して、『ご冥福云々』はないだろう。」とか、
「たとえ仏教徒でも、浄土真宗門徒に対して、『ご冥福云々』はないだろう。」とか、
「亡くなった方の宗派に合わせて、言葉を選ぶべきだろう。勝手に、自分の宗派に合わせるな。」等々、
いろいろなお考え方・ご指摘の声が外部から入りますから、小生なども、会社勤めをして、総務人事を担当していましたころ、弔電を出すときなどには、本当に、いろいろと、頭を悩ませたものです・・。
 

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