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しょうまん様

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月19日(月)14時45分28秒
編集済
  「変な少年でした」・・とのお話し、小生、身につまされるものがあります・・。
思えば、小生も、きっと、他人様から見たら、たいへん「変な少年」だったような気がします・・。

小学生の頃は、「プロレスファン」というだけで、もう「奇人変人」扱いされたものですが、
中学生の頃は、六本木の書店等で、アメリカのプロレス雑誌を買って来ては、辞書を引き引き
必死に読んで、「実によい英語の勉強になるなあ・・」などと自画自賛してみたり、日本のプロレス雑誌や少年向け雑誌等のプロレス記事の間違いを探してみたり、「スポーツニッポン」紙や「東京スポーツ」紙や「スポーツ毎夕」紙等のプロレス記事を愛読してみたり・・、本当に、他人から見たら、きっと、たいへん「変な少年」だったように思います・・。
 
 

プロレス五輪と夢のカード

 投稿者:しょうまん  投稿日:2018年 2月19日(月)12時08分19秒
  こんにちは♪

コント55号の映画に、篠原リングアナウンサーも出演していたのですね。
私は篠原リングアナが大好きだったので、一度府立体育館でもぎりをされていて、チケットを切ってもらい感動した思い出が有ります←変な少年でした(^^;)

体重が100キロを超えるのに、空中を軽々と飛ぶプロレスラーって、本当に凄い人達だと思います。
国別の綱引きなども、どうでしょうか。
日本人レスラーでも、素晴らしい体格のレスラーもおりますしね。
キラートーアカマダおとこさんの言われるザ・シークは、セレモニー担当ですね♪

記念アトラクションは、ルー・テーズ&ジン・キニスキー&ドリー・ファンク・ジュニア組VSジャイアント馬場&ブルーノ・サンマルチノ&バーン・ガニア組による、夢の対戦はいかがでしょう。

それにしましても、U・Mさんの図書館まで行かれる熱意には敬服致します。
貴重な情報がとても有り難いですね。
 

>プロレスオリンピック等々

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月19日(月)07時01分21秒
編集済
  >ケビンヒューズ様
申訳ありません。その「スパルタ55号」というのは、記憶にないのですが、55号といえば、昼の番組に馬場がゲスト出演したことがあって、二郎さんが椅子に立って乗ってインタビューしていましたが、その中で、馬場が、身長を聞かれて、「206cmだ。」と答えていました。馬場の身長については、203cm説、205cm説、209cm説、212cm説等々、いろいろありましたが、自分では、206cmと言っていったのを、今も、覚えています・・。

>U・M様
本当に、テーズvsハットン戦を、見逃してしまったのは、今も、心底、残念に思っています・・。 ゴッチvsXといえば、道場での実際の激突では、Xの方が強かった・・という記事もありましたですね・・。その後も、確かに、ゴッチは、Xことビル・ミラーには、一目置いていたように感じていたものです・・。ザボーのフロントネックチャンスリードロップ(アントニオ・ドライバー)は、今も、DVDで見ることができますが、本当に、素晴らしいの一言に尽きますですね・・。

ところで、涎が出そうな「超・夢の対決」の数々ですが、コワルスキーvsキニスキー、ジョナサンvsビル・ミラー、ブルーザーvsクラッシャー等々の、「超・夢の対決」が、本場では、かなり実現していたことを、昔、JOE HOOKER SRさんという方から、いろいろ教えて頂き、たいへん感動したことがあります・・。
 

プロレスオリンピック

 投稿者:U・M  投稿日:2018年 2月19日(月)03時13分30秒
  確か、当初力道山はワールドリーグ戦を「プロレスオリンピック」と名付けようと
したそうですが、色々あって「ワーリドリーグ戦」と名付けたとか・・・

所で当時のプロボクを見るとこのワールドリーグ戦、開幕戦と優勝戦はグラビアで大きく
取り上げられてるのですが、所謂「地方マッチ」が殆どグラビアでは取り上げられて無いんですよね。
3回大会のクラウザー(ゴッチ)VSX、クラウザーVSグレート・アントニオ、エチソンVSロメロ
4回大会のテーズVSハットン、猪木VSテーズ、ブラッシーVSテーズ、5回大会のカルホーンVSボブ・エリス
猪木VSオコーナー、アトキンスVSサンダー・ザボー、ジノ・マレラVSカルホーン・・・

今見てもヨダレが出そうな豪華カードばかりですが、これらがグラビアで全く取り上げられず
ただ単に熱戦譜コーナーでカードと勝敗が載ってるだけ・・・これは余りに寂しいと思いましたねぇ。
因みに昨年そう言った不満から図書館でその頃の東京スポーツを調べに行ったのですが、流石は東スポ
各試合の詳しい試合の流れ、写真等も結構豊富に載ってました。こうしたリーグ戦の地方マッチでも
きちんと写真付きで報じる様になったのは、11回ワールドリーグ戦辺りからでしょうか?
 

プロレスオリンピック

 投稿者:キラートーアカマダおとこ  投稿日:2018年 2月19日(月)00時31分45秒
編集済
  オリンピック新種目面白いですね。プロルールでのレスリング、プロスタイル。本名+リングネームじゃないと判りにくいです。なんだ、アメリカ人だったのか。本当の歳は何歳だったのか。昭和日本のトップレスラーは金メダル確実です。シークなどはプロに徹するあまり、予選で永久追放ですかね。  

Jumbo Aoki様

 投稿者:ケビンヒューズ  投稿日:2018年 2月18日(日)22時40分5秒
  なるほど…ちなみに余談ですが件の映画と同時期に日プロ中継を放送していたNET(テレ朝)が「スパルタ55号」という番組を放送しててアントニオ猪木がゲスト出演したことがあったとか 文献によると猪木が本気で追いかけ回してきてスタジオが大騒ぎになり、おかげで視聴率は25%を叩き出したそうです 映画のPRとしてもかなり過激な気はしますが何とも猪木らしいというか…  

プロレスオリンピックも有れば?

 投稿者:しょうまん  投稿日:2018年 2月18日(日)21時23分23秒
  こんにちは♪
世間は五輪で湧いてますが、ここは常に昭和プロレスの世界ですね。

バディコルトさんのファンクラブの話から、色んな方面への話題の展開は、読んでいて楽しいものですね。
現在は、団体のオフィシャルファンクラブだけでしょうか。
ファンクラブ全盛期には、レスラー公認と非公認のファンクラブが多く有りました。

プロレス誌を買い始めた頃は、雑誌に文通コーナーが有り、私も何人かの方と文通をしておりました。
そして、前述の様なファンクラブが増えて来るようになると、会報を通しての会員同士の交流が始まり、送られて来る会報を読むのがとても楽しみでした。
しかし、ワープロも無かった時代ですので、編集等で会長一人に負担が掛かったのが、長続きしなかった一つの原因だったかも知れません。

しかし現在は、ミック博士が提供して下さっている掲示板を通して24時間、日本中の方々と交流が出来るようになりました。
文通→会報→掲示板と形状は変わりましたが、こうして色んな方とプロレスを語り合える事が出来て、ずっとプロレスが好きで良かったなと思っています♪

 

ケビンヒューズ様

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月18日(日)06時29分57秒
編集済
  どちらかというと、百田光雄は、馬場よりも、ゴッチ・猪木寄りの感じでしたし、まだ、猪木の会社乗っ取り計画(?)事件など、起こる前のことでしたから、芳の里・遠藤らの「旧幹部連中憎し」という点では、力道山家の百田も、猪木も、きっと一致していたのでしょうね・・??  

>コント55号と映画の中で

 投稿者:ケビンヒューズ  投稿日:2018年 2月17日(土)20時15分33秒
  百田光雄がこの時点で猪木派(?)とは意外ですね…馬場さん~三沢さんと全日本系に就いてたイメージが強いもんで(^_^;)  

存英雄様

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月17日(土)12時59分43秒
  貴重な情報をありがとうございます!!
あの映画の中では、何と、猪木と山本が激突していたのですね!!!
おぼろげな記憶の中で、当時の猪木のデカさばかりが、やたらと強く印象に残っています・・。 それにつけても、記憶の中途半端でいい加減なこと、改めて実感いたしました・・。 本当に、申し訳ありません!!!!
 

コント55号と映画の中で

 投稿者:存 英雄  投稿日:2018年 2月17日(土)11時46分44秒
  Jumbo Aokiさんがご指摘の映画は、この「コント55号と水前寺清子の大勝負」ですね。
猪木・二郎さん組VS小鉄・欽ちゃん組の対決が、映画内で実現しています。
 

(無題)

 投稿者:バディ.コルト  投稿日:2018年 2月16日(金)18時57分27秒
   僕は国プロ一筋だったので「MATFAN」や「ストロング」に入会してました。会報が届くのが待ち遠しくて待ち遠しくて。昭和プロレスマガジンを待つ気持ちと同じです。
 
 

ヤマハブラザーズ

 投稿者:ババアリ(笑)  投稿日:2018年 2月16日(金)08時31分43秒
  手元に資料が無いのでちょっと詳しい事は忘れてしまいましたが・・・

実は日本プロレス時代、「猪木vsヤマハブラザーズ」と言うカードが実現してたんですよね。
とは言ってもこれは「バトルロイヤルから生まれた副産物的カード」なんですが・・・
たまたま残ったのが猪木、山本、星野の3人で、ヤマハの2人が猪木を狙い撃ち、最後は
星野にボデイスラムを決めようとした猪木に山本がトップロープ最上段から ボディアタックを決め
そのまま猪木、星野をダブルフォールして山本が勝ち・・・と言う結末でした。
 

>ヤマハの思い出等々

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月16日(金)07時10分20秒
  >花園えびす様
ヤマハといえば、二人とも力道山時代にプロレス入りし、初めは、星野の方が遥かに良い体をしていたのに、いつの間にか逆転して、山本の方が、ずっと凄い体になってしまったような記憶がありますが、あれは、米国武者修行時代に、山本は、体力・体格づくりに、本格的に取り組んだものなのですか・・? あるいは、星野の方が、逆に、減量でも図ったものなのでしょうか・・???
あと、後年、コント55号と映画の中で、山本&猪木組という「夢のタッグチーム」を見たような記憶もあります・・。

>しょうまん様
カーペンティアのサマーソルトキックを、テレビで初めて見ました時に、「何だ、ただのピンタとバク転か・・」と、がっかりした記憶があるのですが、実際、逆に、コーナーに追い詰めた相手の両肩あたりに上手くキックを決める・・などという、まさに「夢の必殺技」を勝手に想像して思い込んでいたのですが、あれは、もしかして、そう誤解させるような漫画か記事か何かが、当時、日本国内にあったのでしょうか・・???

>ミック博士様、キラートーアカマダおとこ様
正直、「昭和プロレスマガジン」は、言わば、「昭和プロレスの最後の砦」になってしまったような気がしています・・。
ずっと応援して行きたいと思っていますので、ミック博士様、これからも、どうか頑張ってください!!!
 

Jumbo Aoki様

 投稿者:花園えびす  投稿日:2018年 2月15日(木)17時15分18秒
  いつも興味深いお話、ありがとうございます。
ヤマハブラザースと対戦させたいチームはちょうど昭和49年2月頃の新日本での復活時のテーマでした。猪木ー小林戦や新日本Wリーグで日本人対決で盛り上がっていた頃です。猪木&坂口組や馬場&鶴田組のレポートが多かったと記憶してます。そういえば黄金コンビ対ヤマハの試合って実現してなかったと思います。一度は見たかったです。
 

ありがとうございます( ^ω^ )

 投稿者:ミック博士メール  投稿日:2018年 2月15日(木)12時08分49秒
  昭和プロレスマガジンは命ある限り続けていきます!(大袈裟w)
ちなみに月刊時代はゴング派。週刊になってからは、あまり読まなくなってしまいました。昭和プロレスマガジンは、ゴングへのオマージュです!
 

花園えびす様

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月15日(木)06時56分55秒
  それにつけても、「ヤマハブラザースと対戦させたいチームは」というのは、とても興味深い質問でしたね!!! 何といっても、「極道コンビ」がまず頭に浮かびますが、マスカラスやダイナマイトキッドあたりが絡むような試合は、きっと、面白かったでしょうね・・。 また、上田や松岡あたりが絡んでも面白かったような気がしますし、時空を超えれば、昔、プロレスアワーで見た「ガラガー兄弟」あたりと対戦しても、きっと、たいへん面白かったように思います・・。  

ファンクラブ誌

 投稿者:花園えびす  投稿日:2018年 2月14日(水)13時40分24秒
  私は中学生の頃、山本小鉄氏のファンクラブ「弾丸」に入会してました。関西地区の試合では会長が選手にインタビューや試合経過のレポートが掲載されており、時々一緒に付いて回った事を思い出しました。まだ海外遠征前の藤波選手に会長がインタビューされている時に傍で聞いてました。「リングネームは絶対引退するまで本名でいく。これは約束するよ。」そう話されていた事を鮮明に覚えています。現在まで藤波辰爾(辰巳から変わりましたが・・)のリングネームで現役を続けられており、なんとなく嬉しい様な気もします。平成5年頃に藤波さんにもその話をしましたが、「変える気はなかったよ」と言っていただきまいた。ファンクラブ誌は会員のレポートを毎回テーマ毎に掲載されてました。テーマは、“ヤマハブラザースと対戦させたいチームは”“○○選手に一言言わせてもらいます”、“タイガージェットシンとは?”とかありました。  

昭和プロレスマガジン

 投稿者:キラートーアカマダおとこ  投稿日:2018年 2月14日(水)11時43分6秒
編集済
  Jumbo Aoki様、返信ありがとうございます!良く調べないで書いている人にはガッカリしますね。昭和プロレスマガジンは本当に飽きません。ミック博士にはずっと頑張ってもらいたいですね。  

ゴングかプロボクか

 投稿者:ババアリ(笑)  投稿日:2018年 2月14日(水)11時31分5秒
  この2誌は馬場と猪木、新日と全日の様な、永遠のライバル関係と思っております笑

プロボクが面白かったのは、大体昭和47年位まででしょうか?確か後にゴングに移った竹内氏もいたんですよね。
ゴッチ、ダディ・シキ、マツダ、ケオムカ組など表紙を飾るレスラー達のチョイスもGooでした。
昭和48年から58年頃までは、断然ゴングの方が面白かったですね!テリーvsバックランド、ウルフマン、ビースト
特集と言った海外特集も面白かったです。週刊になった後も暫くはゴング派でした。週プロ
を面白いと感じる様になったのは、1990年頃でしたね。
 

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