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キッチンシンクの由来

 投稿者:道路ブレアース  投稿日:2017年 7月 6日(木)21時36分8秒
  マガジン32号を読み返していて「キニスキーらがよく使っていたキッチンシンクはなぜそういう名前なのか」というところまで来てふと思い出したのですが、「膝が当たった瞬間の形を流し台と排水口の配管に見立てた」という説を昔思いついたことがありました。

本当だとしても「なんでそんなひねりすぎな命名をしたんだ」という別の謎が出て来る説ではありますが。
 
 

〉栗栖ファンさん

 投稿者:アルゼンチンズマ  投稿日:2017年 7月 5日(水)08時38分0秒
  そう言えば、小沢さんも心から信じて納得はしてなさそうな(笑)。そう読めましたね。  

(無題)

 投稿者:栗栖ファン  投稿日:2017年 7月 3日(月)23時55分48秒
  G浜田「俺がそんなことしたって何の得にもならないだろ!」
…なのに、それをやるから関係者が皆、引いてるのではないだろうか?
 

すみません!

 投稿者:アルゼンチンズマ  投稿日:2017年 7月 3日(月)00時50分40秒
  浜田さん、11月27日生まれの射手座でしたね。でも魚座(カンさん)と相性良くないのは同じです。
 

カンさんと浜田さん

 投稿者:アルゼンチンズマ  投稿日:2017年 7月 1日(土)21時56分37秒
  「キラー・カーン自伝」も「Gスピリッツ」も読みました。和解できて良かったですね~心からそう思います。ズマも「仲佳きことは善きことかな」派ですから(笑)。

カンさんは魚座、浜田さんはたしか蠍座。同じ水の星座でも棲む世界が違って相性が悪いよね。猪木と力道山や大仁田もそうだしね(笑)。

益々昭和プロレスに嵌まり狂うズマの近況でした。

ポーゴさんのご冥福を心からお祈り致します!
 

0701は【昭和プロレス・名古屋場所】へ!

 投稿者:存 英雄  投稿日:2017年 7月 1日(土)01時28分3秒
  東海地区を中心としたプロレスファンの皆さま!
0701土曜日は、ぜひ【昭和プロレス復活祭・名古屋場所】へ、ご家族そろってお越しください。

というか本日、お昼12時半からの開催!直前ですが、念のための告知です!

場所は矢場町駅から近い栄5丁目のアートスペース「spazio rita」にて。
詳細は、下記の公式サイト内スケジュール欄で、ご参照ください。
お待ちしておりま~す!

http://spazio-rita.com/?page_id=44

 

ポーゴ

 投稿者:U・M  投稿日:2017年 6月27日(火)00時25分54秒
  これは今となっては叶わぬ夢なのですが・・・
もしもポーゴがFMWで大暴れしていた、あのファイトスタイルで新日のリングに上がり
猪木や坂口、藤波、更には長州らと戦ったら、一体どんな試合になったのでしょうか・・・

合掌
 

ポーゴ選手

 投稿者:ADO  投稿日:2017年 6月26日(月)20時59分26秒
  選手が大量離脱した頃の新日本で、ナガサキ選手とのコンビでファイトしていた頃の印象が強いです(テレビ中継があったからでしょうか)。
当時は体重を落としていて後ろ回し蹴りなど軽快なファイトをしていた記憶があります。
 

デスマッチの帝王

 投稿者:浪速のレインメーカー  投稿日:2017年 6月23日(金)18時32分25秒
  ミスターポーゴさんといえば、ケンドーナガサキとのタッグ、大仁田との万博での地雷爆破マッチ、西宮球場での金網時限爆弾マッチ、W☆INGでの松永との抗争が忘れられません。
慎んで御冥福をお祈りいたします。
 

ミスター・ポーゴさんも死去されました

 投稿者:爺さん  投稿日:2017年 6月23日(金)15時26分35秒
  http://www.hochi.co.jp/fight/20170623-OHT1T50101.html

1972年の新日本プロレス旗揚げ当時にグラン浜田さんと一緒に入団し、
海外マットで活動したり、ケンドー・ナガサキ(桜田一男)さんと
タッグを組んでいた、ミスター・ポーゴ(関川哲夫)さんが亡くなられたとのこと。

昭和のプロレスラーが星となられました。ご冥福をお祈りします。
 

馬場

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2017年 6月20日(火)08時07分48秒
  S・Oさん、ご丁寧なレスありがとうございます!!

昭和40年の馬場vsブルーザー戦も本当に凄い試合でしたね。 記者席のボールペンを奪って、馬場のコメカミに突き立てたブルーザーの狂乱ファイトを見かねたセコンドの豊登が、遂にあの怪力を発揮してブルーザーを羽交い絞めにして、馬場と二人かかりでブルーザーを追い払った最後のシーンなど、いまだに忘れることができません・・。

「馬場の全盛期は昭和38年頃」だったという評論家のご意見には、あの対コワルスキー戦を見た限りでは全く同感なのですが、一点疑問に思いますのは、馬場は、あの昭和38年のWリーグ戦の終盤あたりから、何故か、だんだん弱くなってしまったように見えたことです・・。
おそらく、師・力道山や先輩レスラーたちへの必要以上の遠慮のようなものが、当時の馬場にはあったのではないか・・??という気がしています・・。

その証拠に、馬場は再渡米して、当時、既に幾多もあった「世界」王座に次々に挑戦し、あの力道山をもしのぐ大物ぶりを、本場アメリカで発揮するようになったのでしたね・・。
そして、帰国後は、あの豊登さえをも押さえて、ブルーザーを破り、文字通り、日本のマットに君臨するようになったのでしたね・・。

ご紹介の対シュミット戦、小生も、youtubeか何かで観た記憶がありますが、本当に、馬場は、日本では決して見せなかったような、ものすごい体をしていましたね・・。

あと、もう一つ、馬場は、初渡米の前、すなわち、国内でデビューして間もなくの頃、あのミスターXこと全盛期のビッグ・ビル・ミラーと、日本のマット上で闘ったことがありましたね・・。
確か、「人間の体があんなに重いものとは思わなかった・・。」というのが、試合後の馬場のコメントだったように記憶していますが、あのミラーを上回る巨体で、後年の大飛躍の前兆というか、実力の片鱗というか・・を早くも見せてくれたのでしたね・・。
 

re:馬場

 投稿者:S・O  投稿日:2017年 6月18日(日)23時59分34秒
  Jumbo Aokiさん、馬場vsコワルスキー戦をご覧になっているんですか! うらやましいです。

“馬場時代の幕開け”として、昭和40年の復活インター王座決定戦でのディック・ザ・ブルーザー戦から語られることが多いので、てっきりアメリカ修行から凱旋帰国して彗星のごとく王者になったかのように勘違いしてしまうのですが、実際は力道山なきあと、ほぼ日本に定着して活躍していたんですよね。評論家によっては「馬場の全盛期は昭和38年頃」と証言する人もいて、いま映像に残されている日プロのエース時代のファイト見ただけでも凄いと思うのに、さらにまだ凄かったのかと考えると、その時代からご覧になられた方は本当にうらやましいです。

かつてビデオ化されたシカゴ・バッファローでのハンス・シュミット戦、昭和36~37年頃の映像だそうですけど、試合は負けてしまいますが、体つきも分厚くて申しぶんないですし、すでに風格さえ感じられますよね。デビュー2年程度であの貫禄は驚異的だと思います。

プロレスラーとしてやはり類まれなる存在だったのだなと、あらためて認識、納得させられます。
 

〉懐かし屋さん

 投稿者:アルゼンチンズマ  投稿日:2017年 6月16日(金)20時09分38秒
  その試合のことを恥ずかしながら、すっかり失念してました。最も生中継では三本目のフィニッシュまではやらなかった筈ですよね?小林さんは前年のプレ日本選手権でも長州に不覚をとったんですよね。その長州は木戸に不覚?をとり、坂口は小林さんにリングアウト負け…ああプレ日本選手権の思い出までよみがえってきましたよ。

懐かし屋さんの書かれた試合は四日市だったと思いますが、その前週が小生のプロレス初生観戦の大宮スケートセンターの開幕戦?
 

馬場

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2017年 6月16日(金)13時31分49秒
  S・Oさんの書き込みを読ませて頂いて、自宅のラックをひっくり返してみましたら、この昭和54年のNWA戦のDVDが出て来ましたので、早速、観てみました。

小生、個人的には、昭和38年にTVで観ました馬場の凱旋帰国時の対コワルスキー戦が、馬場のベストバウトであり、しかも、あの一戦は、日本のプロレス史上でも最高のベストバウトだ、と思っているくらいなのですが、この昭和54年の映像で観る馬場は、両腕・胸板など、気の毒なくらい痩せ細ってしまっていますが、何故か首だけは太く頑丈そうで、やはり、いくら痩せても、普通の人とは全く違うなあ・・と、改めて感心した次第です。

それにつけても、この日の馬場の周りには、若き日の鶴田・天竜・小鹿・大熊・戸口・大仁田等々、とても懐かしい人たちの勇姿が沢山見られて、とても感動しました。
 

ストロング小林

 投稿者:懐かし屋  投稿日:2017年 6月15日(木)18時22分47秒
  ものすごく久しぶりに投稿させてもらいます。
新日時代の小林のバックドロップといえば木村健吾と組んで坂口長州組の北米タッグに挑戦した試合が思い出されます。

3本目に長州にバックドロップを仕掛けたのですが長州がロープを蹴ったため下敷きになり決勝フォールを奪われたと記憶してます。

ストロングクラブさんのWebページいつの間にかなくなって残念…




 

》同感

 投稿者:アルゼンチンズマ  投稿日:2017年 6月14日(水)02時39分22秒
  王者の魂さん。
ありがとうございます!
一冊の本でもいいし、マガジンにそんな特集があったらな~と思ったり…します。
もし自分でやるとしても国立国会図書館で当時の東スポや月プロ、本誌・別冊のゴングを閲覧、コピーを請求して…みたいになるのでしょうが、共有化は難しいのです。私はパソコンもスマホもないですし(苦笑)。
当時の時代背景、そのチャンピオンや団体、相手レスラーの立場、心情等を盛り込んだ内容で読めたら最高ですね。
チャンピオンとしての揺り籠から墓場まで(笑)みたいな、
 

re:NWA最強論

 投稿者:S・O  投稿日:2017年 6月13日(火)01時23分26秒
  西園寺博継さん、はじめまして。
私の先の発言ですが、題名を「私的最高試合」としておけば良かったかな、とも思っております。NWA最強説、NWA幻想などの話題を受けて、たまたま個人的に最も感動した試合が馬場vsレイスのNWA戦だったということを発言したかっただけでして、あくまで個人的な思い出であり、皆さんに同意を求めるつもりはありませんでした。もし西園寺さんのお気に障ることがありましたならお詫びいたします。
客観的なNWA最強論、最強レスラー論については、ファン歴の長い先輩方のご意見をどんどんお聞かせいただければと思っています。

王者の魂さん、どうもありがとうございます。
確かに実力的には下り坂ではありましたが、馬場選手には山田隆さんいうところの「キャリアに裏打ちされたインサイドワーク」がありましたよね(笑) それはともかく、レイスとはよく手が合いました。おなじみのデッドリードライブもレイスがいつもうまく受け身をとるので、馬場さん意地になって投げていたとか。
 

 投稿者:西園寺博継メール  投稿日:2017年 6月12日(月)22時07分44秒
  本当に不思議?49年ならまだしも54年の馬場なんてNWAタイトル取ろうが取られようが当時のプロレスファンはそれが最強なんて(心の中では)思ってないでしょ?当時の猪木でも全盛期を過ぎてダメな時代ですよ?もう時代も流れたし、客観的に振り返りましょう!  

同感

 投稿者:王者の魂  投稿日:2017年 6月12日(月)20時06分31秒
   S・Oさんの気持ちよ~くわかります。皆さんNWAには時代時代の想いがあるのですね。
あの試合は衰えた馬場さんとは言え、匠の試合運びを感じたものでした。

 その背景には、8.26の猪木さんの元気っぷりに刺激されたり、鶴田やキムドクの
善戦マン的ファイトもあったかと。起承転結が良かったナと。

 あのめったにないガッツポーズと豪快なネックブリーカーはプロレス名人
ならではの観客を手の平に乗せるシーンだったと思います。

 アルゼンチンズマさん、IWA・インター・PWF・NWFの全防衛戦の検証・・
素敵です!そんな本が世にでたら(写真つきで)ぜったい買いです!!
 

続々ストロング小林

 投稿者:アルゼンチンズマ  投稿日:2017年 6月12日(月)03時25分39秒
  ストロング小林選手のIWA世界ヘビー級防衛戦の一戦一戦毎の検証って読んだことがない。そんなこと言えば、馬場さんのインター、PWFに猪木のNWFも。そんなレビュー記事がどこかにあったらな~と昭和プロレスおじさん(元少年)は思うのです。  

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