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続々ストロング小林

 投稿者:アルゼンチンズマ  投稿日:2017年 6月12日(月)03時25分39秒
  ストロング小林選手のIWA世界ヘビー級防衛戦の一戦一戦毎の検証って読んだことがない。そんなこと言えば、馬場さんのインター、PWFに猪木のNWFも。そんなレビュー記事がどこかにあったらな~と昭和プロレスおじさん(元少年)は思うのです。  
 

NWA最強論

 投稿者:S・O  投稿日:2017年 6月11日(日)23時41分19秒
  といっても存さんや皆さんがおっしゃるほどの説得力はありません、ただの思い出話ですが(汗)
私がプロレスを見始めたのは、NWAレイス、AWAニック、WWWFビリー・グラハムの“ダーティ・チャンプの時代”と言われていた頃で、プロレス雑誌で知った過去のNWA王者、例えばドリー、ブリスコあたりまでの品格といったものは確かに薄れているのかな、とも感じていましたが、ハーリー・レイスは「薄氷防衛」「綱渡り防衛」といわれながらもとにかく負けない王者でした。

だからでしょうか、昭和54年のジャイアント馬場がレイスを破って2度目のNWA王者になった試合は、振り返ってみても自分がそこそこ長くプロレスを見てきた中で、実は最も興奮した試合なのです。しかも当時の全日本の中継は夕方だったため録画放送で、確か東スポの見出しあたりですでに結果を知っちゃっていたにもかかわらず、文字通り手に汗にぎりながら見て、最後は放心状態のような感じでした。

その後もスリリングな試合、王座移動劇はたくさん見てきたはずですが、なぜかあの馬場vsレイスを上回る興奮はなかった気がします。思い返すと、まだファン歴2年目くらいのビギナーだったせいもあるのかもしれないですが、それだけNWA王座移動劇というのが“歴史的瞬間の目撃者”になるくらいの大きな出来事だったから、という気もするのです。

なのでNWA最強というイメージを作ったのが馬場さんなのか、マスコミなのか、NWAの歴史そのものなのか、自分にはハッキリさせることはできないのですが、少なくとも作ってくれた人には感謝の気持ちでいっぱいです(笑)
長文失礼いたしました。
 

テーマ曲イベント

 投稿者:コブラ  投稿日:2017年 6月11日(日)08時31分40秒
  昨日の闘道館イベント「コブラの昭和プロレステーマ曲史論1982」にご来場いただいた皆様、ありがとうございました!
今回は残念ながら満員には届きませんでしたが、熱心なお客様方に恵まれ、初めてとなる3時間完全ソロイベントを無事完走することが出来ました。
次回1983編開催の折にはまたお知らせさせていただきますので、何卒よろしくお願いします!
 

NWA幻想

 投稿者:キラートーアカマダおとこ  投稿日:2017年 6月11日(日)06時58分30秒
編集済
  なぜNWAが最強なのか?私なんか、本部が捏造したFゴッチを初代とする という王座の変遷に、歴史と最高権威を感じてました。後のテーズの功績もかなり大きかったですね。あと竹内さん。
ウェルター級からヘビー級まで、歴代王者の質は他の組織と比べても立派だったのは事実です。
 

懐かしいです。

 投稿者:グレートムラメール  投稿日:2017年 6月11日(日)05時49分52秒
  丁度15年前くらいまでこちらのHPで昭和のプロレスを堪能させて頂いておりました。
今日久々に拝見しました昭和のあの熱狂したプロレスを再確認致しました。以前こちらの掲示板に書き込みをされていたボブループさんはご健在ですか?その節は大変お世話になりました(>_<)
 

NWA幻想

 投稿者:王者の魂  投稿日:2017年 6月10日(土)21時07分35秒
  うーん、馬場戦略は確かにあったのでしょうが、メジャーリーグ
みたいな位置ずけがあったのは、間違いなかったでしょうし、個性
役割・はともかくレイスの時代までは、幻想というか、権威みたいな
ものはあったと思います(汗)

サーキットのハードさは、やはり一番だったと思いますし、長時間
タフな戦いをこなす、ハートと体力・センスは、一つの強さの尺度
ととらえてもいいかと・・・

 

訃報

 投稿者:ミック博士メール  投稿日:2017年 6月10日(土)17時10分4秒
  元NWA世界ジュニア・ヘビー級王者のロン・スターが亡くなったそうです。
本格派の渋いレスラーでした。合掌。

http://slam.canoe.com/Slam/Wrestling/2017/06/09/22729988.html
 

佐渡から関西への返答

 投稿者:アルゼンチンズマ  投稿日:2017年 6月10日(土)06時34分45秒
  〉ミック博士
お久しぶりです。渋谷は行けず、残念でした。ライブハウス「屋根裏」であの近田春夫さんと握手してもらった思い出の地です(笑)。チャック・カルボ戦は北米タッグの防衛戦でザ・ハングマンを逆エビ固めで潰した時みたいな…時として見られた小林さんの「やりすぎ感」が窺えますなぁ。張り切った小林さんの時々見せた顔かな。
それにしても吉原さん放送席から「こんなアピールは必要ないんです」(レッド・バスチェン戦)はひどいなあ。ほんとに小林さんのこと理解していたのかな?
 

ストロング小林

 投稿者:ミック博士メール  投稿日:2017年 6月 8日(木)22時14分57秒
  IWA王者になっての凱旋シリーズ開幕戦でのチャック・カルボ戦で高角度のバックドロップを決めてますね。  

〉グレー特撮さん

 投稿者:アルゼンチンズマ  投稿日:2017年 6月 7日(水)07時52分3秒
  その頃の小林さんは優しさとガッツの空回りランデブー状態が魅力でしたね。
猪木に遠慮したかのようでした。ラッシャー木村をも仕留めていた必殺バックドロップは新日では封印気味のようでしたね。
 

連続投稿陳謝

 投稿者:グレー特撮  投稿日:2017年 6月 5日(月)07時17分34秒
  言葉足らず。
皆様のご意見と御感想を賜りたく゛存゜ずる次第であります。
 

ストロング小林

 投稿者:グレー特撮  投稿日:2017年 6月 4日(日)01時10分12秒
  彼は新日時代に北米タッグ奪回試合(一本目にシンに決めた)昭和52年7月28日以外にバックドロップを決めたことがありましたか?  

NWA

 投稿者:道路ブレアース  投稿日:2017年 6月 3日(土)12時26分22秒
  NWA最強を喧伝した馬場の二回目と三回目の王座奪取が「いやいや、今の馬場とレイスの試合は名勝負かもしらんが世界最強を争う試合ではないやろ」という反応をファンに広めてしまったのは歴史の皮肉ですねえ。

前に「もし馬場が『アメリカでなら猪木がNWAに挑戦してもいい』と言っていたら」というのを妄想してみたことがあるんですが、昭和56、7年頃ともなるとこれ明らかに「レイスやローデスやフレアーに勝てない(アメリカでのNWA戦ならそうなるでしょう)猪木が世界一なんておかしいじゃないか、という反応を起こそうとする馬場のIWGPへの嫌がらせ」として機能してしまうんですよね……。
 

NWA世界最強幻想

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2017年 6月 2日(金)10時49分12秒
  ミック博士様、存英雄様、貴重なご意見を誠にありがとうございました!!

本当に、「プロレスファン各人の心にあるNWAへの思い」は様々ですね。 まさに、存様のご意見にありますとおり、「個人的な思い」を語ればよいのですね!!!

小生が、大好きな斎藤文彦さんのご意見でありますのに、この「NWA世界最強幻想」論にだけは、どうにも抵抗を感じてしまいましたのは、まさに、自分の心にあるNWAへの思いが、斎藤さんのご意見とは全く違っていたからでした・・。

正直に言いますと、小生、力道山時代から、ずっと、この「NWA世界最強幻想」を抱いてきており、それが、馬場のNWA獲得あたりから「王座たらいまわし」が始まったように見え、この昭和40年代後半には、逆に、消えて行ってしまったからです。

サンダー・ザボーが、あの遠藤さんに放った凄まじいフロントネックチャンスリードロップ、来日したハットンやオコーナーの実力者ぶり、あるいは、丁度、昭和40年代後半ころTVのプロレスアワーで見た全盛期のテーズの勇姿や、ナグルスキー、ワトソンらの凄まじい迫力等々を見て、既にずっと抱いてきた「NWA世界最強幻想」が増々強くなっていた次第です。
もとより、新旧のNWAが別のものであることは確かな事実だとしても、結果的には、テーズがこれを統一するNWA王座についたという事実には間違いなく、とにかく、NWAはいわば別格の存在だと思い込んで来た次第なのです・・。

あのドリーがキニスキーを破ってNWA王座に就いたときに、「優男」と非難されたり、「本当に強いのか・・?」などという議論が沸き起こったのも、この「NWA世界最強幻想」あればこそだったように、いまだに思うのです・・。

とにかく、プロレスファン各人の心にあるNWAへの思いは、存様のご意見にあります通り、様々なのであり、決して、斎藤さんの書かれたような、「いまだに取りつかれているオールドファンが多い」とのご意見には、全く賛成しえない次第なのです・・。
 

私的NWA王座史観です

 投稿者:存 英雄  投稿日:2017年 6月 2日(金)02時35分48秒
  日本における【NWA世界王者=最強幻想】の本格化の時期と綻びの時期は、
いつなのか?これはたいへん面白い問題提起かと思いますが、
いわゆる「定説を求める」というよりも、様々なプロレスファン各人の
心にある「NWAへの思い」として語ればよいのではないかと感じます。

ということで僕も、あくまで個人的な「思い」として、自分のNWA王座に関する
歴史観の感覚を語らせていただきます。

■ドリーVS猪木戦以来、昭和40年代後半にマスコミがNWA世界最強幻想を作り上げ、
これが日本のプロレスファンの間に定着したという印象は、僕にはありません。
■ドリーVS猪木戦の頃、当時のランクでは日本プロレスの2番手選手である猪木に、
ドリーは「勝てなかった」のですから、この試合からはNWAの最強イメージは生まれようが
なかったと思うのです。
■【NWA世界王者=最強幻想】の本格化は「昭和40年代後半ではあるけれども、
もっと後」のことで、昭和47年に全日本を設立した馬場がNWAに即座に加盟して
「日本では自分だけがNWA王座に挑戦可能」というポジションを得たため、
ビジネス上の戦略から積極的に【NWA世界王者=最強または世界最高峰】という
情報を広めることに注力したのが契機だったのではないでしょうか。
■そしてこの頃に他の2大王者のモラレス(または復活サンマルチノ)とガニアが、
「いやいや。WWWF王者やAWA世界王者のほうが強いぞ」という雰囲気を醸し出さなかった
ことも有利に働き、【NWA世界王者最強または世界最高峰】が何となく固まって
いったような気がします。
■では同説に翳りが出てきた時期はと言いますと、これは昭和50年に戴冠した
テリー・ファンクを昭和51年に王者として来日させたのに、馬場はタイトル挑戦に
興味を示さず、弟子の鶴田を挑戦者にしたという点が綻びの始まりではなかったかと。
つまり【NWA世界王者最強または世界最高峰】説を最も積極喧伝した馬場が、
後年には自分自身で同説の停滞に手を下したというのが、僕のNWA王座観であります。
 

NWA幻想

 投稿者:ミック博士メール  投稿日:2017年 6月 1日(木)20時53分40秒
  NWA最強幻想は日プロがNWAに正式加盟した1969年以降にマスコミが作り上げたというのは間違っていないと思います。
NWA最強幻想を熱心に推進したのは馬場でしょう。新日本プロレスとの差別化の為、つまり猪木と差をつけるためです。
1969年以前はというと日プロはWWAにべったり。NWAが最高権威と喧伝はしてなかったのではないでしょうか? NWA王者のキニスキーをインターに挑戦させるぐらいですから。またインターも当時のタイトルマッチ調印所にはWWA認定と書かれていたそうですから。
さらにはマガジンでも書きましたが、力道山がWWAを獲得した時に、「NWAの権威はもうない」と鈴木利夫さんに書かせているぐらいですから。
 

斎藤文彦さんの

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2017年 5月30日(火)15時32分21秒
編集済
  連続投稿、どうか、お許しください!!

「昭和プロレス正史」の「下巻」を読んでみました。 500頁を超す大著ですが、「上巻」同様、先輩記者・評論家らの文章の引用が非常に多く、さほど分量の多さを感じさせない、非常に読みやすい好著でした。
「力道山プロレスの大人気は、敗戦国日本の国民感情と合致し爆発したもの」とする「これまでの日本の通説」(?)を否定される著者のご意見には全く賛成の小生ですが、
この下巻の中で何度も登場する「昭和40年代後半に日本のマスコミが作り上げたNWA世界最強幻想に、未だに取りつかれているオールド・ファンが多い」とのご意見には、全く賛成できません。

著者によれば、あの「ドリーvs猪木戦以来、昭和40年代後半に、東スポを中心としたマスコミが、NWA世界最高幻想といったものを作り上げてしまい、これが日本のプロレスファンたちの間に定着してしまった」というもののようですが、
「NWA世界最強幻想」というのは、決して、あのドリーvs猪木戦あたりから出て来たものではなく、それより、ずっと以前から、ファンたちの心の中に存在したように思いますし、その幻想は、むしろ、昭和40年代後半に、同タイトルの盥回しが始まり、しまいには、既にとうに峠を越えたように見えたG・馬場までがNWA世界王座につくことで、むしろ、この昭和40年代後半に、日本のファンたちの間から消えて行ったもの・・と思うのです。 決して、昭和40年代後半に日本のマスコミが作り上げた幻想などではなく、むしろ、逆に、昭和40年代後半に消えて行った幻想だったと思う次第なのです・・。

ミック博士様、皆様、このあたり、いかが思われますか・・???
 

コブラ様

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2017年 5月21日(日)07時37分10秒
  ありがとうございます!! あれは、マーラーの8番ですか!!!

マーラーとブルックナーが大好きな小生ですが、実は、この「マラ8」だけは、マーラーの交響曲の中で、小生、未だに理解できないでいます・・。
LP時代には、クーベリック盤を、CDの時代になってからも、ハイティンク盤やギーレン盤、インバルの旧盤等々を聴いてきたのですが、未だによく分からないでいます・・。
マーラーの交響曲は大好きなのですが、この8番だけは、未だに、巨大過ぎて掴み切れない・・というか、その魅力が分からず困っています・・。 おそらく、小生には、そのテクストの意味自体が理解できないからなのだろうと思っているのですが・・。

西村がこの難曲を入場曲に選んだというのは、一体どういう理由によるのだろう・・??と考え込んでしまいます・・。 もしかすると、西村という人は、キリスト教或いはゲーテのファウストに魅せられた何か特殊な思想・信仰の持ち主なのかも知れませんね・・??
また、西村は、いったい、誰の演奏した録音を、入場の際に使っているのでしょうか・・???
もし、判明しましたら、どうかお教えください!!  よろしくお願いします。
 

Jumbo Aoki様

 投稿者:コブラ  投稿日:2017年 5月19日(金)16時31分10秒
  自分は当時の西村選手の入場を確認していないので断言は出来ませんが資料によると、マーラーの交響曲第8番「千人の交響曲」とあるので、ご記憶の通りで間違いないと思います。  

ファミリーギミック

 投稿者:月野景史  投稿日:2017年 5月19日(金)10時21分30秒
編集済
  マガジン最新号のギミック特集。

兄弟ギミックというのも、なかなかややこしいですが、
国際ファンにはおなじみのバス兄弟についてはちょっと驚きました。

グラハム兄弟と同じような経緯をたどった4兄弟かと思っていたら、もっとややこしい話で、
元は女子レスラーの母親と息子達のファミリーギミックだったのですね。

明日はイベントではそのあたりの話も出るのか、楽しみにしています。

 

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