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コブラ様

 投稿者:月野景史  投稿日:2017年 8月28日(月)08時18分20秒
編集済
  この頃はプロレスをかなり熱心に見ていたのではっきり憶えている事もありますが、
すみませんがこの件はかなりあやふやで、誌面掲載だったかは定かでありません。
コブラさんの投稿を読んで、ああそんな憶えもあると思った次第です。

当時の印象としては、開幕前のローズは員数扱いに近かったので、
その立場にしては随分張り切って、面白い事をするものだなという感じでした。
 
 

ファイト

 投稿者:胴長犬  投稿日:2017年 8月27日(日)09時04分29秒
  インクが悪かったのか、単に若くて代謝が良かったからかは判りませんが、ファイトを読むと手が真っ黒に成った事も思い出しました。

夕刊フジと同じサイズの「タブロイド判」、多少電車が混んで居ても広げ易い、という大きさが気が利いていた。
 

月野景史様

 投稿者:コブラ  投稿日:2017年 8月27日(日)08時45分37秒
  情報ありがとうございます!
やはり80年の来日時、しかも映像ではなく文献でのご記憶ですか。では当時の雑誌・新聞も調査対象になりますね。

焼津大会はメインの大木対ドロモ、セミ前の木村対ドン・バスの映像は残っているのに何故か間のセミが残っていないという…
ですがブログにも書きましたが、月野様の仰る通りロン・バスとのコンビでローズの曲を流すとは考えにくいんですよね。
 

ランディ・ローズ(オルズ)の入場曲

 投稿者:月野景史  投稿日:2017年 8月26日(土)22時30分25秒
編集済
  コブラさんのブログを拝見しました。

朧げ、且つあやふやな記憶で情報としては役に立ちませんが、私も僅かに憶えています。
といっても曲自体の記憶ではなく、テープを持参したことについてですが。
1980年の2度目、ローズとしての来日時。
若くてノリの良さそうなレスラーだし、そんなこともしそうだなと感じました。

ただ、ブログにコメントされた方々と違って、実況ではなく雑誌の小さな記事だったような気もします。
これは私の記憶違いで実況だったかも知れないし、あるいは実況でも雑誌でも紹介されたのかも知れません。
杉浦アナ、あるいは解説の菊池孝さんも、脇役外人の小ネタを話すことがありました。


唯一、映像の残っていない焼津の中継で伝えられた可能性はありますね。
私はこの日のメインの大木×ドロモ戦はよく憶えていますが、
ローズの出たタッグ戦は、ローズの動きが結構良いなと思ったことくらいしか記憶していません。

この来日でのローズは開幕前、外人勢の中で最も注目度が低かったと思いますが、
活きのいい好ファイトでテレビにも何度か登場しました。
テーズが裁いた豊田での浜口戦は30分引き分けの好勝負でした。

ただ、焼津大会はまだ開幕6戦目ですし、エースとして来ているロン・バスとのチームで、
ローズが持参したテープを流すかというと、微妙ですね。

豊田の浜口戦は収録もあり、流された可能性が高いですが、放送でカットされたのは残念でした。

 

>追伸

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2017年 8月26日(土)07時30分20秒
  >TBSプロレス様

TBSプロレスと言えば、最初期の頃、テレビで見たのですが、小生、勝手に、三流以下の前座レスラーだと思い込んでいた「短パン姿の木村政雄」が、日プロへはトップレスラーとしてやって来ていたあのワルド―フォンエリックと全く互角に渡り合うのを見て、「これからは、プロレスラーの日本でのランク付けは大きく変わるのかなあ・・?? それにしても、プロレスっていったい何なのだろう・・??」などと、ふと思ったことを、懐かしく思い出します・・。

いろいろな意味で、TBSプロレス・国際プロレスが、日本のプロレスを大きく変えたのかも知れませんね・・???
 

追伸

 投稿者:TBSプロレスメール  投稿日:2017年 8月25日(金)22時12分17秒
編集済
  ビリー・ジョイス…蛇の穴(だったよね?)出身でロビンソンより凄い!って触れ込みだったけど、
ガリガリに痩せ細ったオッサンのイメージしかなかったなあ。
ゴーディエンコは、岩石落としで来日初戦、たしか田中忠治を仕留めたのは衝撃的でした。
そうそう、
話が前後しますが、初来日のロビンソンが短パン姿の木村政雄(ラッシャーね)を人間風車で決めたのも、衝撃的??衝撃的な記憶でしたね。岩石落としにせよ人間風車にせよ、今じゃあ必殺とは程遠い
技ですもんね。でも、当時は、ビックラこきました。
アンドレ・ボレー&ロベルト・ガステル(だよね?)の欧州タッグチャンピオンチームは、
どうしようもなく弱かったイメージ。あれじゃあ、誰でも勝てると思った。
妙な印象が残ってるのは、スカイ・ハイ・リー…アメリカからヨーロッパに流れてそして
国際に
何年かぶりの来日だったみたいだけど、アルコール漬け(?)でまさに幽鬼というのに相応しい
風貌で、アレはアレでなんか見世物小屋的な納得感があったなあと。リー&イアン・キャンベル&
ブル・デービス対日本組の6人タッグで、何も貢献してないデービスが、日本組からフォールを奪った(のは多分キャンベル)際に、横たわる日本人レスラーの腹の上に足を乗せ偉そなポーズを決めたのが腹立たしかったのも半世紀前なんだなぁ。

 

再び、情報お願いします

 投稿者:コブラ  投稿日:2017年 8月25日(金)18時11分51秒
  ブルー・シャークの件ではお世話になりました。
恐縮ですが、再び皆さまのご記憶を頼らせて下さいませ。

国際プロレスに昭和53年に初来日したランディ・オルズ(ローズ)が、自分でカセットで持ち込んできた女性ボーカルの曲で入場していたとの情報をいただきました。
何かご記憶の方がいらっしゃいましたら、是非ご教示下さいませ。

詳細は長くなりますので、こちらの私のブログのコメント欄をご参照下さい。
http://d.hatena.ne.jp/big-cobra/20170814#c
 

週刊ファイト

 投稿者:あとみっく  投稿日:2017年 8月25日(金)10時29分13秒
   私は長く週刊ファイトを阪急・四条大宮駅の売店で買ってました。
二十数年前に次女が生まれた時も、予定日より10日以上早く家内に陣痛が来て、すぐに病院に来るようにと電話があった時も、たまたまファイトの発売日だったので四条大宮駅で買ってから病院に行ったのを覚えています。
 聞けば、タレントのユリオカ超特Qさんも学生時代はファイトを四条大宮駅の売店で買っておられたとか。時期的にも私と同じ場所で買っておられたのですなぁ。
 そのうちに私は売店の兄(にい)ちゃんと顔なじみになり、プロレス本の貸し借りをしたり、プロレスの招待券をいただいたりしました。
古き良き昭和プロレスの頃のことです。
 

Re:ファイト

 投稿者:キノ・ドク  投稿日:2017年 8月25日(金)04時47分0秒
  昔、何度か買いました。
その中でファンクスのカタカナバージョンのサインがあって
テリーのサインが、どう見ても「テソー・ファンク」だったのを思い出しました^^;

あと、阿修羅・原のシャワーシーンのバックショットという
誰得写真(w もあったような記憶があるんですが、あれは東スポだったかな?
 

ファイト

 投稿者:レス・トントン  投稿日:2017年 8月23日(水)21時10分13秒
  週刊ファイトはどこから読んでもおもしろかった!
読まずにいられぬ記事ばかり。我慢できず車中や駅の食堂でむさぼり読んだ。
他雑誌と共に大量を保管していたものの家庭の事情ですべて処分。時々悔やまれてならない。
 

ファイト

 投稿者:胴長犬  投稿日:2017年 8月23日(水)00時30分54秒
  物置きから数年分のファイト誌が出て来た。飼って居た犬の散歩がてら駅の売店まで買いに行っていたので、恐らく35年は前の話。全日~新日で引く抜き合戦していた頃だろうか? 言わばプロレス黄金時代。木曜だったかな? 200円で釣りが来た様な気がするな、と思いながら怖くて中々荷が解けない。読み入ってしまいそうで。  

ギミック特集を読んで

 投稿者:S・O  投稿日:2017年 8月22日(火)02時01分46秒
  マガジン43号が発売とのことで、今ごろかいと言われそうですが42号のギミック特集楽しく読ませていただきました。

アドリアン・アドニスが暴走族ではなく、実はハード・ゲイ・ギミックだったのでは、という説には、西城秀樹の「ヤングマン」の元歌が実はゲイ賛歌だった、という話を思い出すようなトリビア感がありました(笑)
いわれてみれば、コーナーポスト最上段で足を踏み外して股間を強打、悶絶、というコミカルなシーンがなぜかよく見られましたが、あれもゲイ・ギミックのひとつと考えれば、妙に納得できる気がします。日本のファンは団体、あるいはプロレス・マスコミによってうまいこと印象操作されていたのかもしれませんね。

その種の話として、力道山が極端なショーマン派であるゴージャス・ジョージを日本には紹介したくなかったのではないか、という研究室のご推察もなるほどと感心いたしました。
確かにゴージャス・ジョージは名前はチラチラ見かけるも、古いプロレス雑誌でもきっちりと紹介した記事が少なく、実体がつかめないレスラーでした。あのモハメド・アリもファンだったというゴージャス・ジョージ、日本で再評価の機運は高まるのでしょうか???

それでは、引き続きマガジン43号を楽しみにしております。
 

お盆休み

 投稿者:覆面太郎メール  投稿日:2017年 8月21日(月)09時32分20秒
  TBS. 国際プロレス中継のスポンサーは、
ファインカラーテレビと、パイロット万年筆と
マスプロアンテナでしたかね?

写真はお盆休みに見つけました!
段ボールからごっそりと出てきました!
 

【昭和プロレス・マガジン43号訂正】

 投稿者:ミック博士メール  投稿日:2017年 8月20日(日)09時36分2秒
  P36に第2回チャンピオン・カーニバルの映像は1試合も残っていないと書いてますが、熱戦譜に記載した通り4.27の高知大会のデストロイヤーvsブッチャーの試合はCSで再放送されております。

http://www.showapuroresu.com/magazine/magazine43.htm

 

昭和プロレス・マガジン出版記念オフ会

 投稿者:ミック博士メール  投稿日:2017年 8月20日(日)09時24分35秒
  残暑厳しい折、暑気払いも兼ねて…ただの飲み会です。
8/27 13:00 梅田お初天神商店街「たよし」前集合。
会費は実費割り勘です(2500~3500円)。

http://www.showapuroresu.com/magazine/magazine43.htm

 

RE:連ドラ

 投稿者:王者の魂  投稿日:2017年 8月19日(土)21時18分23秒
   高視聴率のNHK朝ドラで、はっきり興業日まで読み取れる・・馬場VSサンマルチノ
のポスター!!

  この時代が語れる人が少なくなってきてる昨今・・うれしいインパクトです!!
 

思い出すヨーロッパのレスラー

 投稿者:TBSプロレスメール  投稿日:2017年 8月16日(水)11時03分53秒
  とにかく国際プロレスが好きだった。欧州路線に変わらざるを得なかった時期、
アメリカン・プロレスとは違う面白さを見せてくれたレスラー達…
ジョー・コックス、アルバート・ウォール、ジョン・リース、ブルーノ・アーリントン等々
ロビンソンやトニー・チャールスも良いけど彼等もなかなかだったなあ^_^
でも何でこんなに弱いんだろかとおもうようなのも結構いたなあ…
ブル・デービス、ジム・ハジー、エンリケ・エド
阿部レフリーのホイッスルが懐かしい!
 

須丹半仙様

 投稿者:コブラ  投稿日:2017年 8月16日(水)06時23分1秒
  情報ありがとうございます!
入場にジョーズが流れていたという説への確信が一歩前進しました。
あまりにもベタすぎて笑いが起きたのでしょうね(笑)

モラレスは「リパブリック讃歌」に乗っての入場でしたね。
 

なんとなく記憶があります

 投稿者:須丹半仙  投稿日:2017年 8月15日(火)21時02分35秒
   わたしもザ・デストロイヤーとブルー・シャーク(ダン・ミラー)の覆面十番勝負に映画「ジョーズ」の主題曲が流れていたような記憶があります。客席も笑いに包まれていたような気がします。
それと入場曲ではないではないですが、昭和49年の(全日本プロレス唯一の)MSGシリーズ最終戦の東京都体育館での馬場対ペドロモラレスのPWF戦では馬場の入場時に木遣歌を唄うおじさんたちに先導されて馬場が何とも言えない顔をしていました。モラレスはラテン音楽のような軽快な音楽が入場時に流れていたような気がします。
 

連ドラ

 投稿者:キンタローアニキ  投稿日:2017年 8月15日(火)13時50分50秒
  今日のNHKの連ドラで1967年3月7日蔵前国技館のG・馬場VSB・サンマルチノのポスターが映っていましたが、宣伝用のポスターではなく、当の試合らしきポスターで、非常に興味深く視聴しました。ファンにとってはこの様なちょっとした発見、うれしいですね。  

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