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>マスカラスの国際参加

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 1月21日(日)14時55分30秒
  ミック博士様の「登場の仕方としては、やはり日本側で出たように思いますね。」に、改めて感服しております・・。
小生、以前より、「国際プロレスは、その名にふさわしく、外人エースをトップに立てて、必ずしも、馬場・猪木のような日本人エースにこだわらない方がよいのになあ・・」などと勝手に考えて、テーズ、ホッジ、ロビンソンと続いたあとは、ジョナサン、ドリー、ホフマン、バックランドあたりが、面白いのになあ・・などと、ひとり妄想していたものですが、マスカラスあたりが、エースとしてトップを張っても、国際はもっと面白かったろうなあ・・などと、改めて、思っている次第です・・。
 
 

マスカラスの国際参加

 投稿者:月野景史  投稿日:2018年 1月21日(日)13時20分28秒
編集済
  この昭和53年9月の国際登場が実現したとして、
何戦程度の出場で、どのようなカードが組まれたか、興味深いですね。


マスカラスが全日で日本側に入ったのはこの翌年からです。
国際はたいぶ前にロビンソンを日本側に入れた実績はありますが、
この時点で、初参加のマスカラスをいきなり日本側にという発想はなかった、かと私は思います。

日本勢の中でマスカラスと対戦して手の合いそうなのは井上でしょうか。
しかし当時の井上はシングル・タッグとも無冠で、目玉にはなり難い。
やはり木村とのIWA戦が核になったのではないかと思います。

本来、マスカラスは木村のようなラフファイタータイプとは合うと思います。
もっとも、それは相手がヒールの場合で、ベビーフェイス同士では微妙かな。

なかなかイメージし難い組み合わせですが、力対スピードで意外とそこそこ好勝負に・・・、
という希望的観測も添えておきます。
実現しなかった話で、あくまで空想ですから。



 

マスカラスの国際参加

 投稿者:ミック博士メール  投稿日:2018年 1月21日(日)09時21分25秒
  昭和53年「ダイナマイト・シリーズ」。ポスターの津久見大会は第4戦。
22戦までのシリーズでしたが、大会場は第15戦の札幌中島SCのみ。
マスカラスが来ていたとしても1週間の特別参加扱いだったような…。
登場の仕方としては、やはり日本側で出たように思いますね。

ちなみにこのシリーズ、リップ・タイラー、キース・ハートが負傷で途中帰国しています。
呪われたシリーズか!?
 

国際のマスカラス

 投稿者:マルカラス  投稿日:2018年 1月21日(日)09時07分29秒
  第1戦はセミで寺西戦。
寺西が受けのうまさを発揮し、初来日第1戦の星野戦を思わせる名勝負に。
メインは木村組vsシュルツ組の6人タッグ。
シュルツが大暴れして木村を血だるまにして反則負け。
シュルツはなおも木村を痛めつけるが、そこにマスカラスが現れ木村を救出。
木村も回復してマスカラスと連係プレーでシュルツ組を追い払う。
マスカラスは日本側助っ人の立ち位置になり、IWA戦はなし。
第2戦以降は日本勢と組んでレッドデビルズとのタッグ戦中心といった流れでしょうか。

シュルツとのシングル戦が実現すれば興味深いですが。
 

マスカラスの国際参加2

 投稿者:U・M  投稿日:2018年 1月21日(日)08時30分7秒
  すみません追記です

今さっきマスカラス国際参加?の幻のポスターをGoogle画像で見ましたが、同シリーズに参加してた外人勢が
リップ・タイラー、レッド・デビルス、キース・ハート、ダニー・バビッチ・・・どうしても地味に見えますねェ汗
せめてテーズ、ニック、ローラーボール・マーク・ロコ、ネルソン・ロイヤルが来てたシリーズなら・・・笑
 

マスカラスの国際参加

 投稿者:U・M  投稿日:2018年 1月21日(日)08時20分5秒
  の話、盛り上がってますねぇ
しかし、これはあくまでも自分の考えなのですが・・・
仮にマスカラスが国際に参加しても余り手の合う選手、名勝負を残せる相手はいなかったのではないでしょうか?
元々マスカラスは大物日本人レスラーとは余り名勝負を残しておらず(星野勘太郎、猪木、坂口、鶴田位?)
ドリー、ブッチャー、デストロイヤー等外人との対決の方が名勝負が多かったんじゃないかなと思うのです。
仮にマスカラスが国際に参加したとして、闘ってたであろう日本人レスラーは高杉、冬木、菅原、後はNWAライトヘビー級を
獲った鶴見、マッハ隼人それにマイティ井上位でしょうか?しかし余りに地味な相手ばかり・・・(まぁ鶴見、マッハとの対決は興味ありますが)
外人だったらカルロス・プラタ、エル・ドーベルマン、コバルデ・・・やっぱり地味ですねェ汗
しかし、昭和48、9年頃に国際に参加してたらそれなりに手の合う外人は対戦に興味の持てる外人は結構いたと思います。
ニック、ガニア、スティーブンス、ワフー、ラシク、グラハム・・・

因みに、ポスターに描かれていながら参加しなかったと言うパターンは国際では結構ある様です。(ボビー・イートン、クラッシャー・ブラックウェル等)
 

re : 「史上最大!プロレス・テーマ決定盤」

 投稿者:S・O  投稿日:2018年 1月21日(日)01時56分4秒
  コブラさん、いえいえ私も勝手なことばかり申しましたが、購入時期からして初回プレス盤ではない可能性が高いので、まだまだ証言してくれる方をお待ちしたいと思っています。
マスカラスのように、噂程度と思っていたことが事実だったこともあるのですから(笑)
 

Re:「史上最大!プロレス・テーマ決定盤」

 投稿者:コブラ  投稿日:2018年 1月21日(日)00時26分32秒
  S・O様
お返事ありがとうございます。

改訂が事実だと仮定して、これだけ知られていないということは発売直後に近いくらい早いタイミングで改訂されたと考えられます。
ということは改訂の時点でもまだロビンソンのテーマに決まっていなかった時期だと思います。

あれからレコードに詳しい方に意見をうかがったんですが、やはり時間調整などのためにレコードと曲順や曲数を変えるケースは珍しくなかったようです。
なので改訂されたかどうかはともかく、カセットの方は元々そういう仕様である可能性も高いですね。
 

「史上最大!プロレス・テーマ決定盤」

 投稿者:S・O  投稿日:2018年 1月20日(土)19時40分11秒
  これまた興味深いお話ですね。私がこのLPレコードを買ったのは昭和53年7月頃でしたが、コブラさんがアップされた写真の物とジャケットも帯もまったく同じです。
昨年めでたく復刻CDが発売されて、我が家にはレコード・プレーヤーがもうなくて約30年ぶりに再聴できて嬉しかったのですが、その復刻盤もこれと同じ9曲入りですよね。
(しかし“テレビ解説者の山本隆氏”とか“ピカール・ダグラス”といった誤字が気になります 笑)

LP改訂版の噂は初めて聞きましたが、もしこれが改訂版だとすれば、例えばB面3曲め『ブルー・アイド・ソウル』の邦題「リングの勇者に捧げるマーチ」を「人間風車 ~ビル・ロビンソンのテーマ~」に改めていたのでは、とも思います。
カセット版は3曲多いとのことですが、私見ですけど、両面タイプだとすれば、裏返してからの巻き戻し作業の手間を省くために埋め草的に追加されたのでないでしょうか。
もっとも、それはコブラさんもご推察のことと思いますが。逆に、LPレコードの片面は何分収録できるのか知りませんが、その3曲が収録できる演奏時間なのかどうかも気になりますね。
あとはプロモーション用として作られた特別編集サンプル盤の可能性も。

などと、回答でなくて申し訳ありませんが、しょうまんさんも言われるように、プロレス界はまだまだミステリーが多くて奥が深いですね(笑)
 

情報提供お願いします

 投稿者:コブラ  投稿日:2018年 1月20日(土)10時06分13秒
  昭和52年にテイチクから発売された初のテーマ曲集「史上最大!プロレス・テーマ決定盤」は、一度改訂されたという噂を聞いたんですがご存じの方おられますでしょうか?
2作目の「必殺のプロレス・テーマ」が改訂されたのは有名なのですが実は1作目もそうだったらしいとの事です。

最近これのカセット版を入手したんですが、青ジャケのレコードと違ってカセットは赤ジャケで、しかも収録曲もカセットの方が3曲多いのです(いずれもプロレスと関係ないディスコ曲)。
よって、改訂が事実だとしたらこのカセットは改訂前のバージョンではないかとの仮説を立てております。

何かご存知の方がおられましたら、よろしくお願い申し上げます。
 

昭和の浪漫☆

 投稿者:しょうまん  投稿日:2018年 1月20日(土)08時59分8秒
  こんにちは♪

先日、ミック博士が「インターナショナル選手権の認定証はWWAのが使われていた」と書かれてましたので、改めて映像の音量を上げて聴きましたら、川島正次郎コミッショナーが『WWAと日本プロレスリングコミッショナーが認定するインターナショナル選手権試合』と、宣言していました。
インターナショナル選手権=NWAというイメージでしたから、ちょっと驚いた次第です。

今回のマスカラスの件も含めまして、歴史ミステリーではございませんが、昭和プロレスの歴史を紐解く面白さは何とも言えないものが有りますね♪
 

>マスカラスの国プロ特別参加の物証

 投稿者:月野景史  投稿日:2018年 1月19日(金)03時06分34秒
  この件は最近聞くようになりましたが、
そんな話もちょっとはあった程度のことかと思っていたら、
ポスターが刷られるほど具体的だったとは驚きました。

日程は1978年9月15日の大分県津久見。
マスカラスは前日は京都で全日のシリーズ最終戦だから、結構ハードスケジュールですね。


全日は創立以来、国際とは提携関係にありましたが、大物外人の斡旋はしていません。
もしこれが実現していたら、その後の歴史が少しは変わっていたかも知れないです。

ただ、このマスカラス登場が中止になって、代わりに来たのがオックス・ベーカーということになりますね。
ベーカーはこれ以前に国際の常連だった時期もありますが、もしかしたらこの時は全日の仲介だったのかも
 

補足させてもらいますね

 投稿者:しょうまん  投稿日:2018年 1月18日(木)10時04分55秒
  こんにちは、パンチラ・ネグラ様。
情報コメントを、ありがとうございました。

仰る様に、VAP社から発売されていますね。
この事は、流智美氏も同記事に書かれておられます。

ただ私としては、今後も「秘蔵・日本プロレス」が放映されるとしたら、若き日のアントニオ猪木やジェス・オルテガとかヘイスタック・カルホーン等の、日本テレビに保存されているであろう貴重映像をプロレスファンに提供して欲しいとの気持ちで書かせて頂きました。
昭和プロレスと共に歩み、それによって躍進した日本テレビの“男気”を期待する次第です♪
 

マスカラス国際参戦(幻)

 投稿者:道路ブレアース  投稿日:2018年 1月18日(木)08時26分55秒
  ポスターを刷るほど固まっていた話とは予想外でしたねえ。勝手に邪推&妄想するなら、マスカラスのレンタルが実現しなかったのが国際が全日本との交流戦を打ち切って新日本に切り替える一因だったやも。

この時期ならブッチャーはPWF王座を争ってて忙しいですからレンタルしてもらえなくても不思議はないわけで「なぜにマスカラス?」という謎は少し解消しましたですね。それにしても木村戦はどんな試合になるのやら。
 

そう言えば・・・

 投稿者:パンチラ・ネグラ  投稿日:2018年 1月17日(水)22時19分47秒
  67.12.6の猪木・吉村ーシクルナ・リベラのタッグマッチはDVD「闘魂伝説」に収録されておりますよ。他にWリーグ準決の猪木ーデスト、決勝のマルコフ戦が殆どノーカット収録されている貴重モノの1本ですね。  

宝のもち腐れ?

 投稿者:しょうまん  投稿日:2018年 1月17日(水)22時06分32秒
  こんにちは♪

流智美氏が「日本プロレス事件史」に書かれてる文章の中に「67年12月6日のジャイアント馬場VSクラッシャー・リソワスキー戦のセミファイナルの試合が日本テレビに保存されている」という事を書かれておられました。

その試合とは「アントニオ猪木&吉村道明VSビクター・リベラ&バロン・シクルナ」なのです。
来月、大晦日の分が再放送されますが、もう全日本(日本テレビ)対新日本(テレビ朝日)の時代では有りませんから、昭和プロレスファンのささやかな夢を叶えて欲しいものですネ☆
 

UN王座

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 1月17日(水)06時42分48秒
  確かに、UN王座は、猪木がこれを獲得した対トロス戦自体、あまり説得力のある勝ち方ではなかったですし、このタイトル自体に、力道山が獲得したインター王座同様、非常にグレーな部分があるようにも思えます・・。

しかし、馬場が、対戦相手(挑戦者)に恵まれ、インター王座自体の価値を高めていったように、猪木への挑戦者も、確か、エリック、マードック、ブリスコらの一流どころでしたから、猪木が、日プロを追放されることなく、しっかり維持されていれば、きっと、インター王座と並ぶ価値のある良いタイトルになったような気もします・・。

小生が、マスカラスを最後に見たのは、確か、バックランドらと3人タッグを組んだ両国国技館か日本武道館だかの試合だったような記憶がありますが、国際プロとのかかわりについては、全く知らず、誠に申訳ありません・・。
 

re: マスカラスの国プロ特別参加の物証

 投稿者:S・O  投稿日:2018年 1月17日(水)00時30分43秒
  インター、NWA王座の話題で盛り上がっている最中に失礼いたします。

マスカラスの国際マット登場が、ポスターが作られるまでに実現寸前だったことにビックリしてしまいました。しかもその時期に更に驚いています。
デビッド・シュルツ(当時はダビッド・ショルツと覚えていました)が来たダイナマイト・シリーズということはおそらく昭和53年だと思うのですが、デストロイヤーからUS王座奪取、初来日のドス・カラスと組んでインター・タッグ挑戦、エル・ハルコンとの覆面はぎマッチと、八面六臂の活躍を見せていたあの時期に、まさか全日本以外の団体に出る話があったなんて本当に想像もつきませんでした。

高杉さんやマイティ井上さんのお話は国プロの末期ごろ、マスカラスもやや輝きがなくなっていた昭和55~56年あたりかなと、勝手に思い込んでいました。
いやあ、なんかキツネにつままれたような気分です、ホント(^^;)
 

偽物注意

 投稿者:ミック博士メール  投稿日:2018年 1月16日(火)21時18分30秒
  本物のミック博士です。
下記の書き込みはニセモノによる書き込みです。
久しぶりですねぇ。こういうのw
 

ミック博士 様

 投稿者:キラートーアカマダおとこ  投稿日:2018年 1月16日(火)21時13分25秒
  はい!権威を持たせる為、確かにそうなんですが。ドクトル ルチャさんのサイトでなぜUNとインタータッグはベルトが複数あるのか?という話の中で証言者の話をもとに書かれてあったのを読んだ記憶があります。今はその記事を探し出せないのですが。

またヒロ マツダが王者ではないのにNWA 世界ジュニアの防衛戦をメキシコで行っていたとか、ガッカリした記憶があります。ドクトル ルチャさんも嘆いておられました。なぜだって。夢を壊すような内容なので削除されたのか?UNにしても自分で検証したわけではありませんので、記憶違いだったらすみません。
 

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