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花園えびす様

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月15日(木)06時56分55秒
  それにつけても、「ヤマハブラザースと対戦させたいチームは」というのは、とても興味深い質問でしたね!!! 何といっても、「極道コンビ」がまず頭に浮かびますが、マスカラスやダイナマイトキッドあたりが絡むような試合は、きっと、面白かったでしょうね・・。 また、上田や松岡あたりが絡んでも面白かったような気がしますし、時空を超えれば、昔、プロレスアワーで見た「ガラガー兄弟」あたりと対戦しても、きっと、たいへん面白かったように思います・・。  
 

ファンクラブ誌

 投稿者:花園えびす  投稿日:2018年 2月14日(水)13時40分24秒
  私は中学生の頃、山本小鉄氏のファンクラブ「弾丸」に入会してました。関西地区の試合では会長が選手にインタビューや試合経過のレポートが掲載されており、時々一緒に付いて回った事を思い出しました。まだ海外遠征前の藤波選手に会長がインタビューされている時に傍で聞いてました。「リングネームは絶対引退するまで本名でいく。これは約束するよ。」そう話されていた事を鮮明に覚えています。現在まで藤波辰爾(辰巳から変わりましたが・・)のリングネームで現役を続けられており、なんとなく嬉しい様な気もします。平成5年頃に藤波さんにもその話をしましたが、「変える気はなかったよ」と言っていただきまいた。ファンクラブ誌は会員のレポートを毎回テーマ毎に掲載されてました。テーマは、“ヤマハブラザースと対戦させたいチームは”“○○選手に一言言わせてもらいます”、“タイガージェットシンとは?”とかありました。  

昭和プロレスマガジン

 投稿者:キラートーアカマダおとこ  投稿日:2018年 2月14日(水)11時43分6秒
編集済
  Jumbo Aoki様、返信ありがとうございます!良く調べないで書いている人にはガッカリしますね。昭和プロレスマガジンは本当に飽きません。ミック博士にはずっと頑張ってもらいたいですね。  

ゴングかプロボクか

 投稿者:ババアリ(笑)  投稿日:2018年 2月14日(水)11時31分5秒
  この2誌は馬場と猪木、新日と全日の様な、永遠のライバル関係と思っております笑

プロボクが面白かったのは、大体昭和47年位まででしょうか?確か後にゴングに移った竹内氏もいたんですよね。
ゴッチ、ダディ・シキ、マツダ、ケオムカ組など表紙を飾るレスラー達のチョイスもGooでした。
昭和48年から58年頃までは、断然ゴングの方が面白かったですね!テリーvsバックランド、ウルフマン、ビースト
特集と言った海外特集も面白かったです。週刊になった後も暫くはゴング派でした。週プロ
を面白いと感じる様になったのは、1990年頃でしたね。
 

キラートーアカマダおとこ様

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月14日(水)10時19分41秒
編集済
  「ターザン山本」が、読むプロレスを定着させたこと、全く同感です。

小生も、「Gスピリッツ」と ミック博士の「昭和プロレス・マガジン」だけは、大好きだったのですが、「Gスピリッツ」につきましては、少し前に、馬場が出演した映画の紹介記事の中で、「三木のり平と有島一郎の区別も付いていない人が書いている」のを読んで、すっかりあきれ果ててしまい、以来、一切、読まないようになってしまいました・・。

ミック博士の「昭和プロレスマガジン」だけは、今も、毎号、とても楽しみに読ませて頂いている次第です。 ミック博士には、これからも、頑張って、この素晴らしい雑誌をお続け頂きたいと思っています!!!
 

>ファンクラブ誌

 投稿者:キラートーアカマダおとこ  投稿日:2018年 2月14日(水)09時05分53秒
編集済
  ファンクラブ誌からはずれますが、ターザン山本が、考えるプロレス、読むプロレスを定着させましたね。こうあるべきだと。週プロには主張があるって。確かに読む方としてはゴングより面白かったのは事実でした。本来の楽しさを追求していたゴングは、写真がきれいなだけだとか、ファンにも言われて悲しかった事を思い出しました。今はGスピリッツが本来の楽しさ、ワクワク感を私に与えてくれています。昭和のプロレスは奥が深い!  

>ファンクラブ誌

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月14日(水)07時29分1秒
  小生、「ファンクラブ誌」については、全く何も知らないのですが、実は、若い頃から、ちょっと感じていることがあります・・。
と言いますのは、高校時代、プロレス好きの友人たちとプロレス愛好会まで作って、言わば、純粋に(?)、プロレスを楽しんでいた小生ですが、大学に入ってから、全く、「違う種類のプロレスファンたち」(?)に巡り合うことになりました・・。 すなわち、彼らは、言わば、「プロレスの裏読み」こそ、ファンの証しだと思っているのか、「今週の猪木の試合の結末は、こうなるのだ・・」とか、「キニスキーやブラジルなどは本当にやったら馬場より強いので、馬場は負けてタイトルを渡すことになっていたのだ・・」とか、いかにも、プロレスの内幕・ストーリーを読むことがプロレスファンたるもの・・と考えているような連中でした・・。
こういう連中が、試合会場へ来ると、いやはや、もう本当に、うるさいのなんの、知ったかぶり・わかっているぶりの極みで、やれ、「今日は、誰が勝つのだ・・」だの、「本気でやれば、誰が強いのだ・・」だのと大声で解説を始め、自分は、プロレスなど、全くやったこともなく、業界内部にいたこともないくせに、言わば、頭で考えた自分のプロレス感で全て勝手に判断し、しかも、それを周りのファンたちにも押し付けようとします・・。

馬場さん晩年のプロレスや、高田の惨敗や、あるいは、プロレス団体までもが株式上場などしようとした異常なIPOブームや、多くのプロレス評論家もどきの出現等々の悲劇もさることながら、実は、プロレスをダメにしてしまった一番の原因は、こういう「プロレスファンもどき」(?)が余りに増えてしまったことにあるのではないか・・??と、実は、感じている次第なのです・・。
つまり、昭和40年代後半あたりから、「プロレスファンの層・種類が全く変わってしまった」のではないか・・と思うのです・・。
もとより、かつてのプロレスファンたちは、自分でファンクラブ誌を書いたりするようなタイプではありませんでしたし、プロレスの言わば「裏読み」に生きがいを感じるようなタイプではなく、言わば、もっと「純粋」にプロレスを楽しんでいたと思うのです・・。
そして、この「プロレスファンもどき」の連中が、実は、プロレスをすっかりダメにしてしまった元凶だったのではないか・・と、今も、思っている次第なのです・・。

もとより、「ファンクラブ誌」なるものがそうだったとは思いませんし、こと「ファンクラブ誌」というものは、むしろ、全く反対に、「プロレスの復権」を目指すような内容のものだったのかも知れませんが、小生個人的には、「ファンクラブ誌」の類には、一切、目を通さなかったものなのです・・。
 

ファンクラブ紙とはまた違うかもしれませんが

 投稿者:ケビンヒューズ  投稿日:2018年 2月13日(火)23時00分27秒
  昔「週刊プロレス」でもプロレスもの同人誌の紹介記事ありましたね 「週刊プスレロ」とか(笑) ああいうのもまだあるんですかね?  

ファンクラブ紙

 投稿者:バディ.コルト  投稿日:2018年 2月12日(月)22時03分27秒
   こんばんは。
初めて投稿させていただきます。
昭和40年代後半から50年代にかけて、マットファンをはじめプロレス界ではファンクラブ紙が全盛期。それを紙面をさいて紹介してくれる週刊ファイトを読むのが当時の楽しみでした。
ファンクラブ紙は今も健在なのでしょうか?教えていただければありがたいです。
よろしくお願いいたします。
 

発刊が楽しみですネ

 投稿者:しょうまん  投稿日:2018年 2月12日(月)14時37分59秒
  こんにちは♪

確かに、B級レスラーの投票結果が気になります。
私が一番思案したのは、B級レスラーと三流レスラーとの違いなんです。
B級レスラーの定義が有りませんので、そのボーダーラインが分からないまま投票しました。
そういう意味では、投票結果でその答えを知る事が出来るのかな?と思っています☆

Jumbo Aokiさんも、未知のサマーソルトキックの謎を楽しまれた様ですね。
どちらかと言えば、カーペンティアより早く全日本に来日したフレッド・バロンの、コーナーポストからの宙返りの方が迫力を感じました。
エドワード・カーペンティアは、まだ見ぬ強豪のままで、プロレスファンの伝説になって欲しかったと個人的には思っています。
 

B級レスラー

 投稿者:キラートーアカマダおとこ  投稿日:2018年 2月11日(日)16時43分47秒
  投票結果が気になりますね。  

昭和プロレスマガジン45号予約開始!

 投稿者:ミック博士メール  投稿日:2018年 2月11日(日)15時36分2秒
編集済
  満を持してジプシー・ジョーが表紙に登場!
特集は「嗚呼!愛しのB級レスラー」
人気投票結果、研究室選出ベスト20、もう来てほしくないといわれた男たち、白星配給係列伝
存英雄還暦記念投稿3連発、流智美さんの新連載も開始!
詳しくはこちらから!

http://www.showapuroresu.com/magazine/magazine45.htm

 

U・M様、しょうまん様

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月11日(日)07時28分46秒
  ありがとうございます。

やはり、マンモスは、東プロで復活した時に、ゴリラからマンモスに戻っていたのですね!!!

ドクターXといえば、日本ではミスターXだったビル・ミラーも凄かったですし、ターザン・ゾロだかも好きでしたが、ほかに、ミラーの翌年だかに来日したキラーXという人も、でかくて、強かったですね!!!

そうそう、カーペンティアのサマーソルトキックというのは、小生も、完全に、「逆」の動きと勘違いしており、「一体、どうやって、コーナーに詰めた相手をうまく蹴るのだろう・・??? 一度でいいから見てみたいなあ・・」と思っていました・・。
 

マンモス鈴木

 投稿者:U・M  投稿日:2018年 2月11日(日)05時27分5秒
  Jumbo Aokiさん

確かマンモスは海外武者修行から無断帰国したり、練習をさぼったり、力道山を怒らせる様な事ばかりをしていた為
力道山から「お前はマンモスじゃ無くゴリラと改名せぇーい!」(プロレススーパースター列伝風)と告げられ結果
マンモスでは無くゴリラとなった様です(つまりマンモスからゴリラへの格下げ)
所が後に実はその頃マンモスは灰に腫瘍が出来ており、それが一歩間違えれば死ぬ一歩手前の重大な物だった事が判明しました。
(病床のマンモスの写真も載っていましたが、げっそりと痩せていてかなり衝撃的写真でした・・・)
その後体調も改善し、東プロで復活した時マンモスに戻った様ですね。
 

黒覆面の魔王?

 投稿者:しょうまん  投稿日:2018年 2月10日(土)17時44分21秒
  こんにちは♪

マンモス鈴木ではありませんが、覆面繋がりの話を書かせ頂きます。
ザ・デストロイヤーは、AWAでドクターXになっていましたが、当時AWAにはドクターXが何人も存在していたとプロレス誌に載っていました。

そのドクターXらしきレスラーを見たのは、ゴング誌にエドワード・カーペンティアが、幻の「サマーソルトキック」をX相手に炸裂させているグラビアでした。
話は逸れますが、初来日する前に、サマーソルトキックほど、見たくて見たくてたまらない技は無かったですね。
 

>マンモス鈴木の覆面姿

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月 8日(木)06時14分37秒
編集済
  月野景史様、本当に、小生も、覆面を被ったときのマンモスのリングネームが別にあったのかどうか、知りたいですところです!!!

ところで、覆面をしていないときのマンモス鈴木といえば、米国武者修行から帰国後、まもなくして、「ゴリラ鈴木」と改名していたような記憶があるのですが、結局、東プロ・国プロ時代は、また、元の「マンモス鈴木」に戻っていたようですね・・?
 

>マンモス鈴木の覆面姿

 投稿者:月野景史  投稿日:2018年 2月 7日(水)22時18分8秒
  だいぶ前のマガジンにも鈴木が赤い覆面姿で出場することもあったと書いてありましたので、
それを立証する写真ですね。

この時は何か別名を名乗っていたのか。
それとも後のコワルスキーやスタッドのように名前はそのまま覆面を被っていたのですかね?
 

>三菱ダイアモンドアワー

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月 7日(水)13時02分18秒
編集済
  ミック博士様、皆様、肝心の国際プロレスの話題になりますと、何も分からないで、全く出て来ないくせに、古い話等になると、ついつい、頻繁に出てきて、書き込みさせて頂いてしまいます・・。 本当に申し訳ありません!!!

しょうまん様、覆面太郎様、そうそう、あの青空千夜・一夜の、大きい方が歌っていたらしいですね!? 小生、昭和の漫才や落語が大好きでしたので、今でも、この千夜一夜の懐かしい漫才を、DVDで見ることもあるのですが、残念ながら、「覆面太郎」のレコードは全く聴いたことがありませんでした・・。

しょうまん様の言われるデストロイヤーvs豊登戦、本当に良い試合だったようですね・・。と申しますのも、このTV放送を、何故か、小生、見逃しており、普段はほとんどプロレス中継など見なかった亡母が、当時は元気だった亡父と一緒に見たとかで、その亡母から、「あれは、凄い、良い試合だった・・。」と聞いた記憶があるのです。 確か、小生が中学生くらいの頃だったと思うのですが、何故、あの試合のTV中継を見逃したのか、ずっと謎で、今もって、不明なのです・・。
 

三菱ダイヤモンドアワー

 投稿者:しょうまん  投稿日:2018年 2月 7日(水)09時13分40秒
  こんにちは~♪
Jumbo Aokiさんが言われている覆面歌手は、青空千夜・一夜という漫才師の事ですよね。

私は、デストロイヤーの試合で一番印象に残っているのは、豊登戦なんです。
覚えている方もおられるかと思いますが、清水アナウンサーが「放送時間の終了ですが、スポンサーのご厚意により、このまま放送時間を延長致します」とアナウンスし、最後まで見れた記憶が有ります。
もし記憶違いなら、すみませんm(_ _)m
 

デストロイヤー

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2018年 2月 7日(水)06時24分44秒
  初来日時に、力道山のいるリングに上がって来て、コワルスキーに、逆ピンタをかませたシーンをテレビで見て、本当にびっくりしました・・。 デストロイヤーという名前は、当時から、キラーとかブルーザーとかいう凄い名前を聞いていましたので、あまり、びっくりはしませんでしたが、むしろ、その前につく「インテリジェント」だか「センセーショナル」だかの方が、何とも、長い名前だなあ・・と、かなり、話題になったような記憶があります・・。

「覆面太郎」様といえば、小林よりずっと前に、同名のレコード歌手がいたそうですが、小生は、聴いたことがありませんでした・・。
 

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