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その試合は見ていませんが、多分スープレックス系の技ではなく、ジャック・ナイフというより、アル・グリーンを丸め込んでから、前方にでん繰りがえったのだと思います。
あの当時スープレックスという名すらそれほど膾炙されてなく、ジャイアント・スープレックスというのは桜井氏の(或いは別の編集者)のでっち上げだと思います。もっとも、カーペンティアのジャック・ナイフはフレンチメン・アトミック・ホールドと呼ばれていましたから、馬場さんのジャック・ナイフがジャイアント・アトミック・ホールドと呼ばれてもおかしくはないですがね。
その試合のあった昭和40年はドロップキックに開眼した年ですが、その他、モンキー・フリップ(デストロイヤーに多用)とかこのジャック・ナイフとか新しいスタイルを模索していた感はあります。
ところで、モンキー・フリップとジャックナイフといえば、43年の2月だったか、来日のオースチン・レイスなどが雪のためだったか試合場にこられず、急遽行われた馬場対吉村戦を思い出します。
フィニッシュは馬場がモンキー・フリップに行き、それを吉村がジャックナイフでかえす、さらに馬場が後方に回転して押さえ込み、といった内容だったと思います。
追伸 ビリー・レッド・ライオン、初来日時は強かったですね。ご冥福をお祈りいたします。
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