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ポーゴ

 投稿者:U・M  投稿日:2017年 6月27日(火)00時25分54秒
  これは今となっては叶わぬ夢なのですが・・・
もしもポーゴがFMWで大暴れしていた、あのファイトスタイルで新日のリングに上がり
猪木や坂口、藤波、更には長州らと戦ったら、一体どんな試合になったのでしょうか・・・

合掌
 
 

ポーゴ選手

 投稿者:ADO  投稿日:2017年 6月26日(月)20時59分26秒
  選手が大量離脱した頃の新日本で、ナガサキ選手とのコンビでファイトしていた頃の印象が強いです(テレビ中継があったからでしょうか)。
当時は体重を落としていて後ろ回し蹴りなど軽快なファイトをしていた記憶があります。
 

デスマッチの帝王

 投稿者:浪速のレインメーカー  投稿日:2017年 6月23日(金)18時32分25秒
  ミスターポーゴさんといえば、ケンドーナガサキとのタッグ、大仁田との万博での地雷爆破マッチ、西宮球場での金網時限爆弾マッチ、W☆INGでの松永との抗争が忘れられません。
慎んで御冥福をお祈りいたします。
 

ミスター・ポーゴさんも死去されました

 投稿者:爺さん  投稿日:2017年 6月23日(金)15時26分35秒
  http://www.hochi.co.jp/fight/20170623-OHT1T50101.html

1972年の新日本プロレス旗揚げ当時にグラン浜田さんと一緒に入団し、
海外マットで活動したり、ケンドー・ナガサキ(桜田一男)さんと
タッグを組んでいた、ミスター・ポーゴ(関川哲夫)さんが亡くなられたとのこと。

昭和のプロレスラーが星となられました。ご冥福をお祈りします。
 

馬場

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2017年 6月20日(火)08時07分48秒
  S・Oさん、ご丁寧なレスありがとうございます!!

昭和40年の馬場vsブルーザー戦も本当に凄い試合でしたね。 記者席のボールペンを奪って、馬場のコメカミに突き立てたブルーザーの狂乱ファイトを見かねたセコンドの豊登が、遂にあの怪力を発揮してブルーザーを羽交い絞めにして、馬場と二人かかりでブルーザーを追い払った最後のシーンなど、いまだに忘れることができません・・。

「馬場の全盛期は昭和38年頃」だったという評論家のご意見には、あの対コワルスキー戦を見た限りでは全く同感なのですが、一点疑問に思いますのは、馬場は、あの昭和38年のWリーグ戦の終盤あたりから、何故か、だんだん弱くなってしまったように見えたことです・・。
おそらく、師・力道山や先輩レスラーたちへの必要以上の遠慮のようなものが、当時の馬場にはあったのではないか・・??という気がしています・・。

その証拠に、馬場は再渡米して、当時、既に幾多もあった「世界」王座に次々に挑戦し、あの力道山をもしのぐ大物ぶりを、本場アメリカで発揮するようになったのでしたね・・。
そして、帰国後は、あの豊登さえをも押さえて、ブルーザーを破り、文字通り、日本のマットに君臨するようになったのでしたね・・。

ご紹介の対シュミット戦、小生も、youtubeか何かで観た記憶がありますが、本当に、馬場は、日本では決して見せなかったような、ものすごい体をしていましたね・・。

あと、もう一つ、馬場は、初渡米の前、すなわち、国内でデビューして間もなくの頃、あのミスターXこと全盛期のビッグ・ビル・ミラーと、日本のマット上で闘ったことがありましたね・・。
確か、「人間の体があんなに重いものとは思わなかった・・。」というのが、試合後の馬場のコメントだったように記憶していますが、あのミラーを上回る巨体で、後年の大飛躍の前兆というか、実力の片鱗というか・・を早くも見せてくれたのでしたね・・。
 

re:馬場

 投稿者:S・O  投稿日:2017年 6月18日(日)23時59分34秒
  Jumbo Aokiさん、馬場vsコワルスキー戦をご覧になっているんですか! うらやましいです。

“馬場時代の幕開け”として、昭和40年の復活インター王座決定戦でのディック・ザ・ブルーザー戦から語られることが多いので、てっきりアメリカ修行から凱旋帰国して彗星のごとく王者になったかのように勘違いしてしまうのですが、実際は力道山なきあと、ほぼ日本に定着して活躍していたんですよね。評論家によっては「馬場の全盛期は昭和38年頃」と証言する人もいて、いま映像に残されている日プロのエース時代のファイト見ただけでも凄いと思うのに、さらにまだ凄かったのかと考えると、その時代からご覧になられた方は本当にうらやましいです。

かつてビデオ化されたシカゴ・バッファローでのハンス・シュミット戦、昭和36~37年頃の映像だそうですけど、試合は負けてしまいますが、体つきも分厚くて申しぶんないですし、すでに風格さえ感じられますよね。デビュー2年程度であの貫禄は驚異的だと思います。

プロレスラーとしてやはり類まれなる存在だったのだなと、あらためて認識、納得させられます。
 

〉懐かし屋さん

 投稿者:アルゼンチンズマ  投稿日:2017年 6月16日(金)20時09分38秒
  その試合のことを恥ずかしながら、すっかり失念してました。最も生中継では三本目のフィニッシュまではやらなかった筈ですよね?小林さんは前年のプレ日本選手権でも長州に不覚をとったんですよね。その長州は木戸に不覚?をとり、坂口は小林さんにリングアウト負け…ああプレ日本選手権の思い出までよみがえってきましたよ。

懐かし屋さんの書かれた試合は四日市だったと思いますが、その前週が小生のプロレス初生観戦の大宮スケートセンターの開幕戦?
 

馬場

 投稿者:Jumbo Aoki  投稿日:2017年 6月16日(金)13時31分49秒
  S・Oさんの書き込みを読ませて頂いて、自宅のラックをひっくり返してみましたら、この昭和54年のNWA戦のDVDが出て来ましたので、早速、観てみました。

小生、個人的には、昭和38年にTVで観ました馬場の凱旋帰国時の対コワルスキー戦が、馬場のベストバウトであり、しかも、あの一戦は、日本のプロレス史上でも最高のベストバウトだ、と思っているくらいなのですが、この昭和54年の映像で観る馬場は、両腕・胸板など、気の毒なくらい痩せ細ってしまっていますが、何故か首だけは太く頑丈そうで、やはり、いくら痩せても、普通の人とは全く違うなあ・・と、改めて感心した次第です。

それにつけても、この日の馬場の周りには、若き日の鶴田・天竜・小鹿・大熊・戸口・大仁田等々、とても懐かしい人たちの勇姿が沢山見られて、とても感動しました。
 

ストロング小林

 投稿者:懐かし屋  投稿日:2017年 6月15日(木)18時22分47秒
  ものすごく久しぶりに投稿させてもらいます。
新日時代の小林のバックドロップといえば木村健吾と組んで坂口長州組の北米タッグに挑戦した試合が思い出されます。

3本目に長州にバックドロップを仕掛けたのですが長州がロープを蹴ったため下敷きになり決勝フォールを奪われたと記憶してます。

ストロングクラブさんのWebページいつの間にかなくなって残念…




 

》同感

 投稿者:アルゼンチンズマ  投稿日:2017年 6月14日(水)02時39分22秒
  王者の魂さん。
ありがとうございます!
一冊の本でもいいし、マガジンにそんな特集があったらな~と思ったり…します。
もし自分でやるとしても国立国会図書館で当時の東スポや月プロ、本誌・別冊のゴングを閲覧、コピーを請求して…みたいになるのでしょうが、共有化は難しいのです。私はパソコンもスマホもないですし(苦笑)。
当時の時代背景、そのチャンピオンや団体、相手レスラーの立場、心情等を盛り込んだ内容で読めたら最高ですね。
チャンピオンとしての揺り籠から墓場まで(笑)みたいな、
 

re:NWA最強論

 投稿者:S・O  投稿日:2017年 6月13日(火)01時23分26秒
  西園寺博継さん、はじめまして。
私の先の発言ですが、題名を「私的最高試合」としておけば良かったかな、とも思っております。NWA最強説、NWA幻想などの話題を受けて、たまたま個人的に最も感動した試合が馬場vsレイスのNWA戦だったということを発言したかっただけでして、あくまで個人的な思い出であり、皆さんに同意を求めるつもりはありませんでした。もし西園寺さんのお気に障ることがありましたならお詫びいたします。
客観的なNWA最強論、最強レスラー論については、ファン歴の長い先輩方のご意見をどんどんお聞かせいただければと思っています。

王者の魂さん、どうもありがとうございます。
確かに実力的には下り坂ではありましたが、馬場選手には山田隆さんいうところの「キャリアに裏打ちされたインサイドワーク」がありましたよね(笑) それはともかく、レイスとはよく手が合いました。おなじみのデッドリードライブもレイスがいつもうまく受け身をとるので、馬場さん意地になって投げていたとか。
 

 投稿者:西園寺博継メール  投稿日:2017年 6月12日(月)22時07分44秒
  本当に不思議?49年ならまだしも54年の馬場なんてNWAタイトル取ろうが取られようが当時のプロレスファンはそれが最強なんて(心の中では)思ってないでしょ?当時の猪木でも全盛期を過ぎてダメな時代ですよ?もう時代も流れたし、客観的に振り返りましょう!  

同感

 投稿者:王者の魂  投稿日:2017年 6月12日(月)20時06分31秒
   S・Oさんの気持ちよ~くわかります。皆さんNWAには時代時代の想いがあるのですね。
あの試合は衰えた馬場さんとは言え、匠の試合運びを感じたものでした。

 その背景には、8.26の猪木さんの元気っぷりに刺激されたり、鶴田やキムドクの
善戦マン的ファイトもあったかと。起承転結が良かったナと。

 あのめったにないガッツポーズと豪快なネックブリーカーはプロレス名人
ならではの観客を手の平に乗せるシーンだったと思います。

 アルゼンチンズマさん、IWA・インター・PWF・NWFの全防衛戦の検証・・
素敵です!そんな本が世にでたら(写真つきで)ぜったい買いです!!
 

続々ストロング小林

 投稿者:アルゼンチンズマ  投稿日:2017年 6月12日(月)03時25分39秒
  ストロング小林選手のIWA世界ヘビー級防衛戦の一戦一戦毎の検証って読んだことがない。そんなこと言えば、馬場さんのインター、PWFに猪木のNWFも。そんなレビュー記事がどこかにあったらな~と昭和プロレスおじさん(元少年)は思うのです。  

NWA最強論

 投稿者:S・O  投稿日:2017年 6月11日(日)23時41分19秒
  といっても存さんや皆さんがおっしゃるほどの説得力はありません、ただの思い出話ですが(汗)
私がプロレスを見始めたのは、NWAレイス、AWAニック、WWWFビリー・グラハムの“ダーティ・チャンプの時代”と言われていた頃で、プロレス雑誌で知った過去のNWA王者、例えばドリー、ブリスコあたりまでの品格といったものは確かに薄れているのかな、とも感じていましたが、ハーリー・レイスは「薄氷防衛」「綱渡り防衛」といわれながらもとにかく負けない王者でした。

だからでしょうか、昭和54年のジャイアント馬場がレイスを破って2度目のNWA王者になった試合は、振り返ってみても自分がそこそこ長くプロレスを見てきた中で、実は最も興奮した試合なのです。しかも当時の全日本の中継は夕方だったため録画放送で、確か東スポの見出しあたりですでに結果を知っちゃっていたにもかかわらず、文字通り手に汗にぎりながら見て、最後は放心状態のような感じでした。

その後もスリリングな試合、王座移動劇はたくさん見てきたはずですが、なぜかあの馬場vsレイスを上回る興奮はなかった気がします。思い返すと、まだファン歴2年目くらいのビギナーだったせいもあるのかもしれないですが、それだけNWA王座移動劇というのが“歴史的瞬間の目撃者”になるくらいの大きな出来事だったから、という気もするのです。

なのでNWA最強というイメージを作ったのが馬場さんなのか、マスコミなのか、NWAの歴史そのものなのか、自分にはハッキリさせることはできないのですが、少なくとも作ってくれた人には感謝の気持ちでいっぱいです(笑)
長文失礼いたしました。
 

テーマ曲イベント

 投稿者:コブラ  投稿日:2017年 6月11日(日)08時31分40秒
  昨日の闘道館イベント「コブラの昭和プロレステーマ曲史論1982」にご来場いただいた皆様、ありがとうございました!
今回は残念ながら満員には届きませんでしたが、熱心なお客様方に恵まれ、初めてとなる3時間完全ソロイベントを無事完走することが出来ました。
次回1983編開催の折にはまたお知らせさせていただきますので、何卒よろしくお願いします!
 

NWA幻想

 投稿者:キラートーアカマダおとこ  投稿日:2017年 6月11日(日)06時58分30秒
編集済
  なぜNWAが最強なのか?私なんか、本部が捏造したFゴッチを初代とする という王座の変遷に、歴史と最高権威を感じてました。後のテーズの功績もかなり大きかったですね。あと竹内さん。
ウェルター級からヘビー級まで、歴代王者の質は他の組織と比べても立派だったのは事実です。
 

懐かしいです。

 投稿者:グレートムラメール  投稿日:2017年 6月11日(日)05時49分52秒
  丁度15年前くらいまでこちらのHPで昭和のプロレスを堪能させて頂いておりました。
今日久々に拝見しました昭和のあの熱狂したプロレスを再確認致しました。以前こちらの掲示板に書き込みをされていたボブループさんはご健在ですか?その節は大変お世話になりました(>_<)
 

NWA幻想

 投稿者:王者の魂  投稿日:2017年 6月10日(土)21時07分35秒
  うーん、馬場戦略は確かにあったのでしょうが、メジャーリーグ
みたいな位置ずけがあったのは、間違いなかったでしょうし、個性
役割・はともかくレイスの時代までは、幻想というか、権威みたいな
ものはあったと思います(汗)

サーキットのハードさは、やはり一番だったと思いますし、長時間
タフな戦いをこなす、ハートと体力・センスは、一つの強さの尺度
ととらえてもいいかと・・・

 

訃報

 投稿者:ミック博士メール  投稿日:2017年 6月10日(土)17時10分4秒
  元NWA世界ジュニア・ヘビー級王者のロン・スターが亡くなったそうです。
本格派の渋いレスラーでした。合掌。

http://slam.canoe.com/Slam/Wrestling/2017/06/09/22729988.html
 

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