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金属 ロシアを行く 6

 投稿者:金属  投稿日:2017年 6月24日(土)14時11分6秒
返信・引用
  ロシア 1-9 (2017/06/20)    マリンスキー劇場切符入手

ズドラースチェ今日は!

本題の前に。
ヤッター!本日マリンスキー劇場売場で土曜日の切符入手。
それもオペラ、モーツァルトのフィガロの結婚。レポート楽しみにね。
でもこの調子だと、帰国後かも。
どこまで行ったか忘れた。跳んでたり、ダブってたらごめんなさい。
チタを出てから9時間、ウラン・ウデ着。3650キロ。ブリヤート共和国の首都だって。
首都にどれだけの意味があるか疑わしいが。
この駅はまた、北京発モンゴル経由モスクワ行き列車、"もう一つのシベリア鉄道"の合流点として知られる。
この列車、結構人気がある。
中国、モンゴル、シベリア、ヨーロッパロシアの異った文化を次々と体験できることのほかに、台車(ボギー)交換が見れるから。
中国の鉄道は列強が植民地権益として建設したため、ゲージは標準軌1435ミリ、新幹線と同じだ。ロシアとモンゴル(たぶん)は、1520ミリ。ロシアは、ナポレオンの侵略に懲りたため、急速に攻めてこれないようにゲージを意識的に変えたのだ。
従って途中でゲージが変わるため、客車をまるごと吊り上げ台車を交換するのだ。これを乗客が見ることが出来る。かなりの迫力だそうだ。このため、停車時間が5時間とか4時間とかやたらと長い。勿論出入国手続もある。
欠点は、週1便。
今回ここまで。

ロシア 1-9-2       バイカル湖

バイカル湖が見えた感激を、長文で綴っていたのが何故か突然消滅。ガックリ。
ipadは嫌だ。
もう10時半。寝る。
明日はエカテリーナ宮殿に挑戦。だめもと。
パーカ、さよなら。

ロシア 1-11 (2017/06/21 11:35)    バイカル湖編を再度起稿

ズドラースチェ今日は!

初稿に比べ、迫力が落ちるのではないかな
番号飛んでいるのは間違いではない。
ウラン・ウデについて、このあと10を送ります。行程に沿って番号をつけたいので。
ウラン・ウデを発車してから2時間。
右手にバイカル湖が見えた。ちょうど昼時、快晴だ、対岸まで鮮明に。感激、感激、感激。
その時ちょうど車掌室の前
思わず口に出る。

"ゆたかーなる ザバイカルの
はてしーなき のやまーを
たづねーし たーびびとーが
あてーもなく さーまよう"

もとソリストのバス、朗々と
ん?
車掌二人、反応なし。
念のため、もう一度。
やはり反応なし。ガックリ。
彼らロシア人なのに、この歌知らないのか

  新婚旅行を思い出す。
  ライン下りクルーズでローレライの名所にかかった時  やはり思わず歌が
  "なじかはしいらねーど、ここーろわーびて"
  惚れ惚れするような声量
  もちろん日本語で2回。最上階のデッキでローレライの岩を眺めながら
  この時、周りの乗客拍手喝采。二度とも。ほとんどすべて西欧系。
  言語は通じなくてもメロディーさへあれば
  この再現はなりませんでした。
  素徹さん、この詩ハイネ?
  出来たら原語教えて。挑戦するから。
  この旅行が初の海外。
  予約は今回と同じ、往復の航空券のみ。ユーレイルパスを使っての欧州縦断鉄道の旅でした。
  昭和50年、1975年。私29才、たまき22才。
  たまきかわいかったな。


列車は、湖岸を3時間。延々と走るが飽きない。
多くのロシア人寝たまま。
私は、ずっと右の席。ロシア人のおじさんに頼んで合席。これが見たくてこの列車を選んだのだ。
いろいろ情報かき集めたところ、ウラジオストク発モスクワ行き列車は、1日2本。
正確なダイヤは不明だが、地球の歩き方に掲載された数年前のロシア号のダイヤから推定すると、もう1本は真夜中にバイカル湖を通過。
ウラジオの窓口では、それを勧められた断固拒否。正解。
それを勧められたのは、垂直ベッドがあったのかな、とも思う。
でも、後悔なし。バイカル湖優先だ。

湖とも別れると程なくイルクーツク着。午後4時。

この編は、ここまで
やっとイルクーツク
まだまだ続きます

ロシア 1-10 (2017/06/20 12/30)     ウラン・ウデともう一つのシルクロード

ズドラースチェ今日は!

ウラン・ウデともう一つのシルクロード
以下は、この旅を思い立ってから情報を集める段階で出会った本の受売り。
何事も中央ヨーロッパ志向で、その文化に憧れていたロシア帝国貴族としては、喫茶は大事な嗜み。
インドから英国経由で輸入していたが大変高価だったそうだ。
言ってみれば英国の利益に寄与していたわけ、それがロシアにとって面白くない。
そこで直輸入を企てた、というわけ。
といってもインドセイロンは、イギリスの植民地。手がでない。
そこで中国の茶に目をつけた。湖南省辺りが中心らしい。
ロシア商人はそこに集荷基地を設け、中国モンゴルウランバートルを経由してウラン・ウデに運び、そこにも集荷基地を置き、ロシア各地へ供給したのだ。
ちなみに、中国モンゴル国境あたりからウラン・ウデまでのルートは、現在の鉄道路線と同じだ。
この商人たちはウラン・ウデを本拠としたため、この地が栄えた。
その富で、ついには湖南省の基地に大きな工場を作り、自ら製茶にも手を出した、というから驚き。
現在人口42万だって
当然、このルートを使って、様々な物資の交易もあった。
これが、もう一つのシルクロードと言われる所以だ。
ただし、本家と違って大分時代が下がるから、文化的歴史的な意味は本家ほどではないが。
そして、やがて海運の発達により衰退し消えたというわけだ。
ところでこのルート、砂漠ではないためラクダではない。馬橇だ。当然冬。
今回車窓から眺めるうちに気がついたが、シベリアの大地は大部分湿地帯なのだ。
大黒屋光太夫の移動も、冬ばかり。何故だろうと思っていたがようやく腑に落ちた。
グチャグチャの道を馬車では難儀するはずだ。
シベリアといえば、タイガ。うっそうとした原生林を思い浮かべるが、そんなものは殆ど見当たらない。白樺その他の木による森林は確かに存在するが、細く、背もそれほど高くないので迫力はないのだ。

今日はここまで、エカテリーナ宮殿に挑戦。
個人での入場は、極めて難しいらしい。
ではまた、パーカ、さようなら。
 
 

金属ロシアを行く 5

 投稿者:金属  投稿日:2017年 6月23日(金)15時35分1秒
返信・引用
  ロシア 1-6 (2017/06/18 13:41)   沿線と車窓の景色 1

ズドラースチェ今日は!

ハバロフスクを出るとすぐに大きな川、アムール川だ。確か中国名黒龍江。省名にもなっている。
この鉄橋が造られたのは1916年とのこと、シベリア鉄道全線開通は日露戦争開戦前年の1904年だから鉄橋できるまでどうしていたのだろう?
因みにバイカル湖岸が難工事で開通に間に合わず、対岸とは船で結び、冬は氷の上にレールを敷いたというから驚愕だ。

私の住む幕張本郷には相撲部屋がある。阿武松部屋、おうのまつと読む。野球賭博で名を上げた?部屋だ。ここに阿夢露という力士がいる。前頭までいったが今は幕下。これといった決め手がないから。この人の出身がこの辺り。ちょっと脱線、いや脱線つづき、先を急ごう。

あーでも朝メシの時間、今日はレーニン廟へ朝から行列だ、遅れることは出来ない。
ごめんなさい、ここまで。

ロシア 1-7 (2017/06/19 15:00)         沿線と車窓、車内の風景 2

ズドラースチェ今日は!

ハバロフスクをでてから5時間、ウラジオから1100キロ。オブルチェ着。ここから時差1時間遅れてモスクワプラス6時間。
ロシアには飛地で西端のカリーニングラードを含めて、全部で11の時間帯がある。西端から東端のカムチャッカの時間差は10時間。モスクワとウラジオは7時間差。これを7日かけて埋めて行く旅とも言える。
この時間帯の決め方、日本人の私から見るとかなりいい加減。
先ず、境界がアメリカのようにほぼ経度に沿ってではなく、行政区によっているように見える。従って、同じ経度でも二つないし三つの時間帯が存在し、所によっては逆転している。
また、東経132度のウラジオが 135度の明石より1時間進んでいるのは奇妙だ。
これがロシアか。

またガイドブックによれば、ここからユダヤ自治州だ。こんな所にユダヤ人とは意外だが、確かユダヤ人が最も多いのはロシア、スターリンが強制移住させたのを思い出した。何が目的だったかは思い出せない。ロシアのユダヤ人は迫害をうけたので、イスラエルへの移住はロシアからが最も多いはず。

スターリンの強制移住といえば、朝鮮人を思い出す。ロシアの沿海州は、北朝鮮と直接接しているので、古くから朝鮮人が多く住む。彼らが日本軍の支配下にある朝鮮本国の同朋と連絡を取り合うのを恐れて、主に中央アジアに移住させたのだ。
何年か前のオリンピックの女子体操で、ロシアの選手の中に朝鮮人がいたのを思い出した。確かカザフスタンだといっていた。

閑話休題
シベリア鉄道は、全車両寝台車。車掌は1輌に2人づつ。男同士女同士男女と組合せは様々。終点のモスクワまで、乗りっぱなしだ。
その彼らの様子風景。歌麿の浮世絵ふうにいえば、車掌三態

先ず、通常の車掌業務。当然制服着用し乗車時のチェックが最大の仕事。ロシア人も写真入りのパスポートのような物を持ち、切符に名前が印字されているので本人しか利用できない。これはソ連体質が残っている部分。外国人は決められた行程ですべて予約済みでなければならないのが建前だ。でもそのことのチェックは全くない。ザル法だ。これがロシアか。

次に、オフ。当然私服。私の車両はにーちゃん二人。
それまでのいかつい印象が、Tシャツ着てウロウロされると調子狂う。

最後が傑作。
帽子と上着を脱ぎ、何とエプロン!食べ物から日用品のセールスだ。それも買え買えの押し売り。
大いにずっこけた。
これらの品々、サモワール給湯器の前に常に並べてあるが、買っている人の姿を見たことがない。

この号ここまで。
昨日は疲れたので、休息。
続いてレポートするつもり。


ロシア 1-8 (2017/06/19 16:22)   沿線と車窓、車内の風景 3

ズドラースチェ今日は!

オブルチェから5時間でベロゴルスク。1425キロ。
義和団事件時、ロシアは在住中国人3000人を虐殺した所。ここから中国に向かって支線。ただしアムール川で行き止まり。川を渡った先が愛琿。1858年沿海州をロシアが奪った条約の締結地だ。

ベロゴルスクから24時間でチェルヌイシェフスク。2705キロ
このさきに、ネルチンスクの町。1689年ネルチンスク条約の地。初めてろしあと中国清朝との国境が定められた。前にも触れたと思うが、この時はアムール川が境、ロシア側から見るとハバロフスクまで。河口はサハリンの北端対岸辺りなので不凍港は得られなかった。

チェルヌイから7時間でチタ。3094キロ
シベリア抑留の歴史に興味を持ち、数々の本を読んだが、そのどれにも出てくる地名。抑留の中心都市だ。真夜中12時の停車だが、眠ってたまるか。目を見開いて町の様子を見る。しかし街は暗くよく分からなかった。
人口30万、ウラジオ、ハバロフスク、イルクーツクの60万にくらべて半分。
第2シベリア鉄道、現在のバム鉄道、をはじめ建物建設、森林伐採など数々の強制労働、その中心都市、本部があったところ。

いまだにソ連、ロシアからの謝罪はない。捕虜取扱を定めたジュネーブ条約違反の明らかな違反なのに。スターリンの言い訳は、加入はしたが批准してない、だって。大体戦争終了したので捕虜ではないはずだ。抑留された人の中には民間人までいる。全容は未だ明らかになっておらず、日本はもちろん、ロシアでも歴史研究が進んでいるが、抑留者合計60万うち死亡6万というのが通説だ。

抑留は、日本人だけでない。朝鮮人も多くいたという意味ではない。ドイツ人だ。しかも数は日本の倍。もっと多いのがロシア人の政治犯だというから驚きだ。まさに収容所群島ソルジェニーツィンの世界だ。

ところでこんな話を思い出した。ある収容所で、ドイツと日本が一緒になった。その時交流があり、友情が芽生えた二人の兵士の物語だ。しかし相手はドイツ人ではなく、ドイツ占領下のチェコ人だったと思う。確か民放テレビで数年前にあった。2人は住所を交換し、それぞれが帰国後手紙を出したのだが、何らかのトラブルで届かなかったのを、関係者の懸命の努力で判明。再会にこぎつけたのだった。

しかし、チェコ人は認知症でかつ病床に。どこまで分かったかという感じで日本人は帰国。次に訪ねた時は墓の中、墓に向かって号泣という悲しい物語でした。

閑話休題
シベリア鉄道は全線電化されている。しかし直流3000ボルトと交流25000ボルトが頻繁に何度も交代。その度に機関車交換、30分停車。交直両用機関車を持たないみたい。コーチョクした体制、そこがロシアか。

昨日ペテルブルク行き寝台車の切符購入。進行方向垂直ベッドの下段、ヤッター。
モスクワ今日18.15発。
ではまた
 

金属ロシアを行く 4

 投稿者:金属  投稿日:2017年 6月23日(金)15時23分9秒
返信・引用
  ロシア1-5 (2017/06/18 12:47)   列車 下段の相客

ズドラースチェ今日は!

ハバロフスクで、今まで空席だった下段に乗客が、ロシア人とブリヤート人の中間の風貌を持った小柄やせ形の青年。ベレー帽、今はハンチングというのかを被る。なかなか目が鋭い。ノボシビルスクまで働きに行くとのこと。
見送りの父親らしき人とハグ、シャッター押しを頼まれた。
といっても、ケータイ。このケータイ、外国の物は日本の物より一回り小さい。昔ツーカと言うのがあったがそれと同じくらい。折りたたみではなく、ツーカよりもっと画面が小さい。
でも今は、外国でもほとんどスマホだ。

発車後、上下席を代ってくれないかとの依頼。一瞬迷ったが断る。
確かに、自分の意志でテーブルを起すことは出来るが、都度マット類を天井の棚に上げなければならない、その間寝ることは出来ないし、それより何より、上段だと本、食べ物、その他身の回り品を何でもポンポン置いておけるから。

でも、結果的に失敗。
このにーちゃん昼間から寝てばかり。早くから起きている私の居場所がない。
空席を見つけて 渡り鳥、満席になったらお手上げだ。

大体我々を除き、皆昼間でも寝る、寝る、寝ること!
ロシア人は寝ることが好きみたい。本読む人も皆無。
そういえば、乗客に日本人はおろか、外国人が全く見当たらない。
観光客はこんな悠長な旅でなく、限られた日程で出来るだけ沢山の名所を回りたいのかな。
やっと日本人に会ったのは、旅を始めて8日目モスクワ近くなってから。

ところでこのにーちゃん、とんでもないことを言い出す。といっても英語を話すわけでもなく、ロシア語と 身振り手振りだが。私のナップザックをさしてしきりに何かいう。
ガイドブック?ドフトエフスキー?酒?取り出すが何れも首を振り、そのうち手で四角を描く。iPadを出すとやっと首を縦に。私が使っていたのを見ていたらしい。

price, priceという。この英語だけは知っていた。
5000ルーブル(1万円) ただしニューモデルでないから、普通は2万から4万ルーブルだと新聞の余白に。
すると1000と書き手を自分の方に。つまり譲れというわけだ。呆れた男だ。油断も隙もならない。即座に、強く、ノー!
このやりとりを聞いていたのか、向いのおばさん、大きな声で彼をたしなめるような言葉。
これより、彼とは話さず、同席もせず。

変な話でごめんなさい。
今回ここまで、なかなかバイカル湖にたどり着けない。
 

金属ロシアを行く 3

 投稿者:金属  投稿日:2017年 6月22日(木)22時35分0秒
返信・引用
  ロシア1-4 (2017/06/17 14:21)   列車007号-ウラジオストク発12時20分

ズドラースチェ今日は!

我々乗った007号(おー、ダブルオーセブン)は定刻12時20分ウラジオストク発車全15輌。ただし黄昏もよう。と言うのは、ロシアの鉄道はすべてモスクワ時間。時差7時間なので午後7時20分。
行さんの腕時計と僕のケータイ時間は日本のまま。従ってこれからずっと、現地時間、モスクワ時間、日本時間と、頭の中で換算するもしばしば間違え、混乱おびただしい。

車輌はきれいとはいえないが許容範囲内。まあ中国インドと同じレベル、トルコエジプトよりはよい。トイレは 垂流し、使用後ペダルを踏むと若干の水とともに落下。大きな駅の到着前30分から発車後5分くらいまで鍵かけられる。泣いても懇願してもゼッタイダメ。ここから数々の悲喜劇が生まれていると聞く。

翌朝早くハバロフスク着。このような大きな駅では30分停車。ほとんど全員ホームに出て、身体を伸ばす、タバコを吸う、買い物をするなど。昔の紀行記によくある物売りはほとんど見かけなかった。 代わりに売店で買物。因みにキオスクはロシア語。ホームの売店にも時々キオスクと表示されてる。見れば分かるのに!

この地名は17世紀の探検家ハバロフに由来だって。人口60万。
ソ連崩壊まで、外国人の シベリア鉄道利用はここから以西。ウラジオなど極東地域は軍事基地が多いから、と言うのが理由。そのためナホトカ港に支線をつくり、引き揚げ船はそこに着けた。でも今回旅しても基地 のイメージはほとんど感じなかった。しんけいかびん。だれかさんみたい。

昔の旅行記やツアーも、ハバロフスクまで飛行機、そこから鉄道というコースだった。ウラジオストクから全線踏破出来る今は幸せ。

幸せといえば、こんかい自由旅行出来るのも幸せ!というのも、シベリア鉄道でウラジオからモスクワまで、というのは長年の夢だったから。
それを阻んでいたのは、バウチャー制度。団体旅行か、汽車ホテルなどすべてロシアの旅行代理店の手配した固定スケジュールでなければならない制度。
でも2、3年前からそこに隙間ができた事がわかり、今回実現。
きっかけは、なすび。
金属なすびの去年5月開店前、先物取引のセールスマン。入社したての山下君が飛び込み営業。3月にウラジオからドイツまで自由鉄道の旅。それも民泊利用だって。
彼に手口を伝授され早速実行、というわけ。
なすびはいい店だ。

この時、千秋さん投信買ったけど損だって。
恩人山下君、その後確認の為電話したら、もう退職だって。
あのキャラじゃ持つまいと皆思ってた。

今回ここまで。
ながながとごめんなさい。
 

金属ロシアを行く 2

 投稿者:金属  投稿日:2017年 6月21日(水)13時46分34秒
返信・引用 編集済
  3 (2017/06/17 1:35)
ズドラースチェ今日は

今モスクワ、イルクーツク便りが中途半端でごめんなさい。
ウラジオその後は、1-2・・・イルクーツクその後は2-2・・・であらためて。
イルクーツクからやはり3泊4日、ロシアは広い。ウラジオから9259km。
平均すると65km/hは出てる勘定なのだけど。

地下鉄回数券買う。英語通じなくてまた筆記作戦、それでも通じなくて奥から応援。やっと買えた。
20回で1500円。切符売場はどこも長蛇の列なので仕方ない。
宿は中心部のホステル、4人部屋。今のところ我々2人だけ。一人1600円くらい。
赤の広場まで歩いた、途中ボリショイ劇場へ、切符聞いたら1枚もない?!双方怪しげな英語でホントに通じたか?
確かにカッサという切符売場には誰も並んでなかった。
このカッサ、建物の中にある。カーネギーホールもそうだった。日本は皆外だけど国際標準は中?
表に出るとダフ屋のにーちゃん、今晩のチケット3000ルーブル6000円だって。いらないというと2000,1000とどんどん値引。今回は買わない。

赤の広場は、儀式の最中か練習か分からないけど、入れず遠くから見ただけ。明日朝クレムリンと合わせて見る予定。

ウラジオストック、イルクーツク、モスクワすべて夕立、雨降ると寒い。ジャンパー着ても。

今晩は久しぶりの室内での食事となる。さきほどスーパーで買物した。今度はビール OK。
腹へったので、今日はここまで。薄い内容でごめんなさい。


ロシア1-2 (2017/06/17 5:30)

ズドラースチェ今日は

ウラジオ空港から街へ、3年前のAPECに合わせて作った鉄道があるが、動いている気配なし。どこの国でもある乗合マイクロyバスで街へ。運賃300円、荷物代150円。この荷物代が曲者、日本でも昔登山口に向かうバスで徴収していたが、今でもその趣旨納得行かない。今はどうですか?
バスは15人乗りプラス助手席2人、満員。途中乗降客あるが、小一時間でウラジオストク駅。

さすが帝政ロシア。石造りの重厚な建物。でも中はお粗末閑散。早速切符購入。でも窓口見当たらない。探し探してやっと見つける。なんと地下、重いトランク抱えて、よっこらさ、よっころさ!。客はいない。用意した紙を窓口のガラスにべたっ!おばさん、ん!しばしの沈黙後にっこり。通じたー!

でも買える切符は、2人別々。しかも2輌も離れてる。どちらも縦ベッド上段、最悪ー!
背に腹は変えられない。購入。支払いはクレジットカード、情報と異り大抵のところで使える。5坪くらいのミニスーパーでも。

今日はここまで、眠い。行さん、となりで大いびき。
ここまで相部屋同宿人なし。おやすみ。



ロシア1-3 (2017/06/17 12:48)

ズドラースチェ今日は

3等寝台は面白い。日本の二等寝台車と同様進行方向に垂直な向きに向かい合わせなものの他、通路を挟んで進行方向に平行なものも。
ただし、三段ではなく二段。カーテン無しだからプライバシーなし。
周りの人とすぐ仲よくなるし、食べ物の交換も。

垂直なものは、向い合せの間の窓側に固定テーブル。下段の人はいつでもテーブルが利用できるが、上段の人は、下段の人次第。
一方平行なものは、下段ベッドを分解してテーブルにする。したがって下段の人が寝ていたら上段の人は利用できないのは同じだが下段の人は起きたらベッドを畳み、マット枕などを最上段の棚に上げなければならない。
また、平行は隣と壁で区切られているので身長のある人にはキツイ。私も首を斜めしてやっと収まる。今2.5センチ縮んで174。行さん182、脚伸せない。一方垂直は、通路に脚飛び出せる。また幅も7センチくらい広い。
従って、垂直な席の下から売れていく。我々は前日購入なので、平行上段。しかも二輌離れて。ジョーダンじゃないよ。

日本と違い、時間が来たら車掌が強制的にベッドを畳むことは無い。多くの人は寝たまま。われわれキンベンな日本人、昼間はほとんど起きて車窓の景色と読書。私はここまで罪と罰読破。今赤と黒半分まで。行さん谷崎源氏。

ワレワレ空いた席の渡り鳥。行さん、最初のめし車輌間のデッキ!と言うのは、出発時、行さんの車輌空席なく、停車中と発車してしばらくは、車輌間の移動が出来ないから。

http://

 

人生をうまく泳いでいる素敵なこと、ということ。。

 投稿者:  投稿日:2017年 6月21日(水)01時52分54秒
返信・引用 編集済
  うん。

金属は工学部らしいけれど、俳句的な視線や抒情には、(本人も認めるように)やや難があるにしても、それにしてもだ。彼の海外からのreportageには「(紀行文学的な)微かな才能」があるね。いつかのギリシアからのルポもそうだった。あれは、絶賛した。彼は彼の地の風の色を見て、その匂いを感じていたんだと思ったもの。これは人間的・文学的な才能かもしれないし、街を見る、状況を直視するという一種のジャーナリスト的な能力かもしれないな。かつて、学内に入り込んだ機動隊の学生たちへの催涙弾水平撃ちに「あれは、間違いなく、意図的な人殺し行為だ!」と言って憤慨していたし、講堂が堕ちる前夜、明け方に講堂内のピアノでショパンを弾く女学学生の話をしてくれたし、そういう意味で現場において、客観的な視線と抒情的な視線を合わせ持った視力があるんだろう。

この才能、言い換えれば、腐敗し切ったこの国に住んでいて、日々、「破滅的で飽和的なstress」を感じている我々にサヨナラしたような、お坊ちゃん的な「実存(日常)に対する無意識な抵抗力」があるのかもしれない。日々、届く、ロシアからのレポート、人間的で面白いし、救いようのない「議会制民主主義」の崩壊などどこ吹く風の気分で行きたいところへ出掛けるという姿勢、これ、銀座のキャバレーに集団で乗り込んで日頃の憂さ晴らしするより、数段の価値があるなあ、と思う。

幸せ者で、人生を満喫している、というか、苦悩する喜びを知らないという意味でも、つまり、自分の人生、非常に良い意味で、大海をうまく泳いでいる人間魚という感じがするな。見習うべきは、彼の世界観、「己が朽ちる前にこの星のいかなる人種でも、いかなる文化でも、いかなる政治でも、いかなる日常でも、この目でしっかり見るぞ、だから、行くぞ!」という感覚だろうね。

余談。

先日、roukaiくんが書いたのは当たり前のことだけれど、正確には「なすびは危ない、羊も危ない」ではなくて、「この国に暮らすまともな思考回路を持っているすべての人々が危ない」ということですから、ね。ここを間違えると、大きな事故になります。もちろん、取り返しのつかない人為的な事故に。我々は「破滅的で飽和的なstress」を感じながら、大事故の寸前に為すすべもなく阿呆のように立っているんだということです。つまり、「為すすべもなく阿呆のように」は自殺行為だということです。
 

金属さんのロシア紀行

 投稿者:素徹  投稿日:2017年 6月20日(火)22時34分56秒
返信・引用
   われらのなすび句会俳友、いや、この頃は句会に来ないから、旧俳友というべきか。でもそんなことはどうでもいいんで、要するに、一部のなす友には、第1水曜の「金属なすび」の金属さんが、なんとも勤勉に今月も「金属なすび」を開いて、恒例通りおしまいは居眠りで客はそっちのけという、その明くる日、つまり6月8日木曜日、行さんとともにシベリア鉄道に乗ってのロシア旅行に出かけました。

 ふっと気がつくと、旅先から紀行文が来るではないですか。気まぐれかと思っていたら、わりとこまめに届くんです。どうも配信先はほんの少数。なかなか面白いんで、なすび仲間にも紹介したいと思って、ご本人に尋ねたところ、掲示板掲載かまわないとのこと。その旨なす爺に伝えますと、是非に、ということに相成り、これから、たよりのある限り、転載いたします。今回は、いきさつを前置きにする関係で、しゃしゃり出ましたが、次回からは「金属ロシアを行く」という表題で掲載いたします。

 では、

2017年6月12日 22:19:09 GMT+8
件名: ロシア2
ズドラーストヴィチェ、こんにちわ
ロシア1は、これまでの経過、楽しいエピソードの数々を、ウラジオストクから力作の長文でお送りしましたが、サーバーが受け付けてくれずはじかれました。残念でした。iPadはだめみたい。
今イルクーツクにツク。
大黒屋光太夫ゆかりの地。他に江戸時代の日本人数名生きていた土地。味わう。
ここまで、シベリア鉄道3泊4日。歴史を感じながらの旅、幸せ。
幸せでないのは、スーパーに行ったらビールがない。!.
宿のねーちゃん に聞いたら、そんなことはない!、といいつつオーノー!今日は何とか記念日、宗教記念日?らしく、どの店もアルコール置いてないんだって!最悪!。
しかたなく、持参の日本酒でガンガン。
明日はバスでバイカル湖。ひょっとしたら泳いでくる。
今日既に汽車で湖岸3時間堪能。すばらしい。摂氏31度。
ではまた明日

2 ズドラースチェこんにちわ
送れなかった1を少しづつ送ります。
ウラジオストク無事到着
当地へは大韓航空からアエロフロートへの乗継便。
ちなみにサンクトペテルグルクからの帰国便込みで62,000円。めちゃ安。去年12月苦労して見つけた。しかも帰国便のモスクワ乗換もたった2時間!
仁川での乗換1時間しかなく大変だった。飛行機出口に大韓航空の女性職員、便名を書いた紙を持っている。該当は我々とロシア人女性の3人。目的ゲートへ途中まで誘導、すごい速足。何しろ広い仁川空港の端から端、シャトルカーも。爺婆や幼児だったらどうするのだろう?もっとも彼等はこんな便利用しないか。
アエロフロートなのに機体はオーロラ航空。ロシアは分からない。
100人乗りくらいの中型。
そうそう、普通乗継だとチェックイン時、乗継便の搭乗券もくれるのに、なし。荷物はウラジオまで行くのに。ロシアは分からない。
ビールあった!
イスラエル行った時、モスクワ経由のアエロフロートだったが、機内サービスはもちろん、持込も不可だったのに、どーゆーこと?
ただし、330ml 500円。無税なのに。ロシアは分からない。
仁川までにへべれけになったので、パス。
機内食はサンドイッチのみ、デザートその他何もなし。
このサンド、噛みきれない。よくみると耳がそのまま。それも皮ベルトのような耳。
ロシア人は歯が丈夫?私は親に感謝。
でもうまかった。ハムが2枚、チーズ、きゅうりがはみ出るほどのフルサイズ。
ソウルからだと海上が最短距離のはず。でも飛行機はずっと陸上。
空からウラジオの地形がよく見えた。よく言う天然の良港。奇跡的だ。
弱った清朝から愛琿条約で奪った土地。待望の不凍港。でも経済活動にそんなに寄与しているとは思えない。
今回ここまで。
 

歴史は繰り返す

 投稿者:roukai  投稿日:2017年 6月16日(金)23時13分25秒
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  なすびは危ない、羊も危ない、久々に日刊ゲンダイ買って憂さ晴らし、アベに軍服着せればと。


 

いやはや。くわばらくわばら

 投稿者:素徹  投稿日:2017年 6月16日(金)18時42分21秒
返信・引用
   まこと、いやはやですな。
 中学校公民教科書には,わが国は「議会制民主主義」をとっていると書いてありますが、空文とはこういった事態をさすんでしょう。
 今回の参議院での法案シンギ議決過程は、広く全世界に、わが国の議会制民主主義の実態をあからさまに示しましたな。国会議事堂はマジック・ボックスのようなもので、政権が思うままの法案を放り込むと、審議とか討議という場面が走馬灯よろしく映っているうちに、「中間報告」となって、一夜明ければ、法案ができあがり、なんですね。でも,教室でこの仕組みを解説・説明するのは難しいでしょ。文科副大臣ならエキエキ,いやまちがった、やすやすと教えられるんでしょうが。
 それにしても、またしてもこの国は世界の迷信というかレッテル貼りに底入れしたんじゃないかと危惧する次第。キンベンなニッポンジン。なにを急ぐか、夜通し演壇でしゃべるのを聞いているのか、時を過ごし、朝が来れば、さあ眠気覚ましとばかりに、行列を作って札運びをするなんて、まことキンベン・マジメの評判がたちますよ。

 しかし、みなさん、この法案施行後は気をつけましょう。なすびで酔っ払ったら、正直かつ下らないことを口にしないで、さっさと帰ることです。それから千秋さんにくれぐれもお願いしたいんですが、身元不明の客を入れないでくださいよ。ふだんから掲示板に目をつけて、本音を確かめにくるその筋が紛れ込むこと,必定なんですから。いや、くわばらくわばら。
 

ああとうとうやはり

 投稿者:なす爺  投稿日:2017年 6月15日(木)13時16分46秒
返信・引用
  深夜参院国会やらで質疑らしき弁論やって朝方票決で共謀罪成立となった。
野党はこうなるのを当然承知していたろうに。なんで審議拒否ポイコットしないのか不思議。
与党との議論は民主主義破壊のものであって全く議論になっていない。
だからボイコットして与党だけの国会で共謀罪法案成立させてもよかったのではないか、と
思った。、
 

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