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困っちゃう旋律、のこと。

 投稿者:  投稿日:2018年 1月19日(金)02時59分43秒
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   その昔、山本リンダという女性歌手が歌った「困っちゃうなあ、デートに誘われて・・・云々」をふと思い出したけれど、その比ではない「心底、困っちゃう曲」がこれなの。

 数十年来、聴くたびにJ・S・Bachおじさんの音楽的頭脳の展開を考える。しかし、いくら考えても、凡人にはその頭の中は理解不能で、けれど、耳にするたび、背中を押されて瀑布へ落下するような快感を覚える旋律に、思わず嘔吐するほど。新宿から乗った中央線の満員電車が吉祥寺あたりで脱線転覆しようが、放火魔のお手柄で東京中が焼野原になろうとも、今朝の牛乳配達人が自転車で転倒して鼻の骨を折ろうとも、大切にしている『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』のレコードが割れてしまったとしても、そんなことはどうでもいいような音楽的手ほどき。花で言えば季節外れの見事な狂い咲き、天候に例えれば真っ青な夏空から無数の槍が降るような、テロリストならば文句なしの自爆テロ・・・・どうして、こんな音楽がこの星に生まれたのだろうかと思うほど、個人的に、人間的に嬉しくなって絶句。その、困っちゃう旋律が、『イギリス組曲 第2番 イ短調 BWV 807 プレリュード』。お勧めは、下記。4分半ほど、時間があれば。

Glenn Gould(1932-1982)
(時々、唸り声が聞こえるけれど、これはこのピアニストのいつもの癖)

https://www.youtube.com/watch?v=Dyrhi6MGsnQ
 
 

2018お正月

 投稿者:なす爺  投稿日:2018年 1月14日(日)08時54分58秒
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   もう正月14日日曜だ。なすびは9、10、11、12と4回の開店。10日(水)は金属なすびで
大賑わい。京都のお公家さんもいらして、京都の奥深い珍しい話を披露されて盛り上がった。
金属さんの人柄の良さなのだろう優雅お上品な正月なすびとなった。金属さん珍しく眠らずに
謡曲勧進帳の弁慶を朗朗と謡いあげて、一同我慢して聞き入りました。
金属ファンの美女二人がいたからでもありましょう。
月末には金属と行のお二人でカサブランカへ3週間行くので、
その留守は美女二人が金属なすびを代行開店しますよ。
2月7日水曜午後4時頃開店の予定です。私は客として参加します。
 

英国へ原発輸出だと

 投稿者:なす爺  投稿日:2018年 1月 4日(木)20時13分7秒
返信・引用
  毎日新聞1面トップの英国へ原発輸出、日立製作所総額3兆円規模だと。
日立1.5兆円は銀行団の融資で残りは出資を求めて進めるそうだ。
最終決定にはいたってないらしいが、政府は1.5兆円の債務保証をするとか。
私らの常識ではありえないことがあるのですね。
 モト首相の小泉さんなんとか言わんかねえ。原発反対なんでしょ。
経団連の新会長は東レから日立になるそうな。
そして日立のもと会長は東京電力の会長になっている。
財界なんて雲の上のようなことだろうが 吾々の税金をしこたま
利用しているんだ。政府のやる債務保証も税金でやっていることだ。
また英国民の何割かは原発反対なんだから、日本は嫌われると思うよ。

 

変わらない一年になれば、のこと。

 投稿者:  投稿日:2018年 1月 4日(木)00時07分55秒
返信・引用
   なにはともかくも、無事な方へも、そうでない方へも、謹賀新年。

 新しい年が始まりました。だからと言って、感慨はそうありませんし、もちろん、「よい年をお迎えください」なんて言いません。相変わらずの日常が、ただ、続くだけです。しかし、皆さんにとっても、自分にとっても、なんでもいいのですが、2018年中に、幾つかの些細な事、なんだかうれしいなと思える事、そんな事々があるとすれば「良かった年」になるでしょう。こう思うのは、はやり正月、新年だからかもしれません。

 今夜、帰省ラッシュを取材したNHK・TVのニュースを見ていて、年の頃、12歳くらいの男の子が新幹線のホームらしき場所で、「今年はどういう年にしたいですか?」という取材記者の問いに対してこう答えていました。「去年と変わらない一年になればいいと思います」と。呑みながら、思わず、親近感を覚え、くすっと笑ってしまいました。まるで大昔の自分のように、エセ達観した、小生意気な、少年だとも。
 しかし、考えてみれば彼の言うとおりで、個人的に劇的な一年になるとは思わず、旧年も新年も意識せず、彼にしてみれば、去年から、或いは数年前から続いている日々の勉学や生活、最低なイジメを含めた面倒な友人たちや必要以上に自分に期待をかける両親との、実に面倒でやり切れない付き合い・関係などを、無理なく、自然に、やりこなすということ、そういうことなんでしょう。クラシカルな言い方をすれば、日々精進、或いはアイデンティーの保持かな。彼の返答は的を射た(得た)返答でした。そういう意味で、年始の帰省ラッシュにおける時期的取材の教科書的愚問を投げかけたNHKの取材記者より、正月休みを終えて再び日常に戻る12歳の男の子の方が数段しっかりしているなと、そんなふうに思いました。同時に「まあ、そんなに冷めた言い方するなよ。何と言っても、君はまだ若いんだし、それゆえ、きっと、君にとっていい事、素敵な事、ドキドキするような事がある年になるよ。おじさんなんか、ぼろぼろになりそうだけれど、でもね、正直、おじさんはそう思うよ、うん」とTV画面に向かって声掛け、ひとり頷き、少し飲みすぎかなと思う杯を傾けました。
 

炎の町の白い花

 投稿者:なす爺  投稿日:2018年 1月 3日(水)17時20分29秒
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  昔風に数えれば、この正月で私は83歳である。なすび再開し20年目である。
あれれという間に年月がたつと云うか、過ぎ去るというか、よく言えば積み重なった
モのでもある。明けましてめでたいとも思わないので、積み重なったものをひっくり返して
観ると、怒らぬ奴は阿呆とか 恨みを抱えて前へ薦めとか 前進あるのみ とか
反省の欠片もなく 恨みつらみとうらやましの妬みなどのことどもを、文字やら絵やら
小細工オブジェなどに発散したゴミ残滓のかたまり。少しずつ廃棄ゴミ出ししている。
 商才あればゴミも財になるそうだが才はなく、市営焼却場に納入する。

その中で目に留まったのが、6年前に制作した紙芝居の原画「炎の町の白い花」脚本実藤あきら作画いとうちあきだ。
雑誌「子供の文化2011年8月号」に特集で掲載もされたもので、
その中に挿入した写真が今日の新聞に大きく出ていたのだ。1945年原爆投下後に米軍カメラマン撮影の
、死んでいる弟を背負った小学生。この写真をフランシスコ・ローマ法王は「戦争がうみだしたもの」
との言葉をつけて広めるように指示したのだ。
ローマ法王庁(バチカン)の発表で全世界にひろまったろう。
 この写真を入れた紙芝居はネットや雑誌に載せてはいても多くの人は知らないだろう。
 実藤氏や加藤氏中村氏ら制作グループによる5回の実演でお蔵入りのように思っていたのだが
きょうの新聞で覚醒させられたように思った次第である。
 

行く年

 投稿者:素徹  投稿日:2017年12月31日(日)22時16分23秒
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   惜しむこととぼしきままに年送る
というのが真情で、来る年が少しでもよくなるかというと、これもはなはだ心細い今日この頃です。
 といって、ぼやきで年越しというわけではなく、世知辛い当世にあって、なすびという場所、そしてそこでの飲み仲間、俳句仲間は、ひとときの楽しみと安らぎを与えてくれる貴重な方々、その結び目を作っているのがなす爺こと伊藤千秋氏。今年もそれほど足繁く訪ねたわけではないのですが、一言お礼を言わずばなるまいということで、この年最後の投稿。
 千秋さんも少々体力がなくなってきたようですが、無理をせず、来る年も憩いと団欒の場をたもち続けられんことを心から願います。
 本当に今年もお世話になりました。感謝感謝です。

 

見せかけの同情に感謝、のこと。

 投稿者:  投稿日:2017年12月26日(火)02時03分4秒
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   人生は『二律背反』の混沌を歩くようなことであることは、それなりに自覚しているけれど、ここ、その認識が最も難しい関所。
眠れないのは、二律背反的な己に時間が無いような、1時間さえもったいないという、そんな気がするにしても、大先輩のコメントに感謝。

・・・にしても、素直に思うのだけれど、あなたのような、人生に対して、アクティヴで、すがすがしくて、反抗的で、スケベエで、まっとうで、正直で、同時に嘘つきで、しかし、結局は優しい大人、一種、素敵な賢老に憧れます。こちらはそういう人間にはなれないだろうと思いながら、いやー、憧れる。
 

羊の群れを数えても

 投稿者:なす爺  投稿日:2017年12月25日(月)11時02分5秒
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   ほんと全く愚痴なんで、頷き、みせかけ同情するけれど、寝ないで起きてたらいいのにね。
こちとら夜中に3-5回起きて小便だよ。でもすぐ寝てしまう。2-3時間で尿意また覚める、
がまたぐっすりと眠れる。前立腺の薬ものんでいるが効き目は薄い。夜中にユーチューブの
小沢昭一的こころを聞くといい心持で眠たくなるよ。羊を勘定するよりいいね。
小沢は二律背反を俳優としても実生活としても克服した名優でしょうね。
演芸の学問的業績もあるし凄いやつですよ、酒は一滴も飲まない飲めない男だったそうな。
物書き羊の作風にこの小沢的ユーモアと皮肉がはいると井伏先生も刮目するのではないかと
思うけど、またまだ若い若すぎる酒の飲み方が足りないかもね。
 

睡眠への愚痴、のこと。

 投稿者:  投稿日:2017年12月25日(月)01時54分43秒
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   このところ、「べらぼうめ、俺も生身の人間だぜ。睡眠をとらねば身体が持たねえ」と思いながら、それでも一日も欠かさずに酒を飲み、翌朝、それなりに目が覚めるのだけれど、不思議なことに若いころのように10時間も12時間も眠れない(大昔、学生時代には、一人寝、二人寝を含めて、実に30時間も寝たことがあるのに・・・)。

 毎晩、懲りずに、外でも家でも酒を飲むが、泥酔状態の夜は別にして、ほろ酔いの夜など、眠ると4時間後に決まって目が覚め、二度寝入りをする。しかし、1時間後には再び目が覚めてしまうという具合。仕方なく4時間睡眠で起きだして、一日を過ごすこともあるが、どうも、頭がすっきりしない。申し分なく天候の良い日も、新鮮な一日が始まるという気がしなく、自分勝手にcleverだと思っている頭も働かない。それでも、なんとか、いろいろなことを考え、メモをし、ああでもないこうでもないと、物語を練りくることだけを忘れないのは、哀れな習性のようなものだろう。寝不足で、新鮮な一日の始まりを感じない、頭も働かない、哀れな習性を受け入れる、そのことは致し方なけれど、しかし、年齢を重ねると「睡眠」から遠くなるのかしら。もしかすると、いずれ、眠れなくなるのかしら。そうなると、感性も鈍化し、脳も活性化せず、阿呆のように習性だけにすがるのかしら。なんだか、よろしくない気がする。

 老化と(短時間)睡眠の相関関係、肉体が欲する睡眠と精神が拒絶する休息の二律背反。生きざまに対して焦っているのかもしれないなと思うけれど、おそらく今夜も、短時間睡眠の深夜がやってくるのだろうと思うと、ちょっと、嫌になる。「それでは、みなさん、さようなら!」と言って、永遠に眠るのは、もう少し先のことだろうが、正直、長時間睡眠にあこがれる。混沌とした世界を見ても、身近な周辺をのぞいても、まったく納得できない嫌なことばかりの毎日だから、眠っていられないのかもしれない。出来得るなら、来年は人並みの睡眠時間と、それに付随する幸せな、或いは恐ろしい夢物語など愉しみたい。クリスマスらしくもない話だけれど、正直な愚痴です。でも、クリスマスだから何だ、何が面白いんだ、ケーキを食ったり、教会で賛美歌を歌ったり、バカバカしい、そう思いながら、徐々に腹が立つから、だから眠れないのかしら。
 

世界終末時計

 投稿者:なす爺  投稿日:2017年12月24日(日)17時05分35秒
返信・引用
  素徹先生が当掲示板に載せてくれて本当に有り難く思います。
写真撮ったり、見せたりするのが若い頃は好きで、半分仕事のように
やってたのですが、いまはできなくなりました。暗室でハイポの匂いの中でやってた
頃は夢中でしたが、デジタルになると易しくても難しい。九条展はアナログ世代が多数の
反戦反骨メッセージを表現する場でもありましょう。
あれは世界終末時計たろう と言われて想起しましたが、世界科学者会議が言い始めた
核戦争による世界の終わりまで 後何分という表現はいまも続いていますね。
 

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